このように命がけで家康を守る家臣の姿が『徳川実紀』では紹介されている。大げさに書かれている可能性はあり、どこまで真実かわからない。
だが、1つ確かなことがある。それは、夏目がかつて三河で一向一揆が起きたときに、一揆側に味方していたということである。
主君が窮地にいたときに、敵対するなどもってのほかである。夏目には厳しい処分が下されるかと思いきや、家康は夏目を助命。そればかりか、その後も手厚く迎えている。
なかなかできることではないだろう。そんな史実を踏まえれば、夏目にとって、三方ヶ原合戦は、家康へのこれ以上ない恩返しの場面だった。
今度は自分が命を救う番だ――。夏目が身を犠牲にして家康を助けたというのは、そんな経緯を踏まえれば、自然な行動だと言えるだろう。
生き延びたことによって思わぬ展開に
そうして命を救われた家康だが、天下人まで上り詰めたことを思えば、このときに死を選ばずに正解だったといえるだろう。
人間は追い詰められると「生き延びたところで、何も変わらない」と考えがちだ。しかし、家康がそうだったように、生き延びた結果、思わぬ展開によって、絶望的な状況から抜け出せることもある。
家康に見事な勝利を収めた信玄だったが、人知れずして死期が近づいていた。信玄の病死によって、戦国大名間のパワーバランスが、また大きく変わろうとしていた。
【参考文献】
大久保彦左衛門、小林賢章訳『現代語訳 三河物語』(ちくま学芸文庫)
大石学、小宮山敏和、野口朋隆、佐藤宏之編『家康公伝〈1〉~〈5〉現代語訳徳川実紀』(吉川弘文館)
宇野鎭夫訳『松平氏由緒書 : 松平太郎左衛門家口伝』(松平親氏公顕彰会)
平野明夫『三河 松平一族』(新人物往来社)
所理喜夫『徳川将軍権力の構造』(吉川弘文館)
本多隆成『定本 徳川家康』(吉川弘文館)
笠谷和比古『徳川家康 われ一人腹を切て、万民を助くべし』 (ミネルヴァ書房)
平山優『新説 家康と三方原合戦』 (NHK出版新書)
河合敦『徳川家康と9つの危機』 (PHP新書)
二木謙一『徳川家康』(ちくま新書)
日本史史料研究会監修、平野明夫編『家康研究の最前線』(歴史新書y)
菊地浩之『徳川家臣団の謎』(角川選書)
佐藤正英『甲陽軍鑑』(ちくま学芸文庫)
平山優『武田氏滅亡』(角川選書)
笹本正治『武田信玄 伝説的英雄像からの脱却』(中公新書)
太田牛一、中川太古訳『現代語訳 信長公記』(新人物文庫)
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