10月8日付で家康は起請文を送り、2つのことを上杉に約束した。まずは信玄との関係についてである。
「信玄と断交したことについては、熟考を重ねてのことであり、盟約にそむくことは絶対にない」(信玄手切れ、家康深く存じ詰め候間、少しも表裏打ち抜け、相違の儀ある間敷候こと)
一時をしのぐために同盟を申し出たわけでは決してない、と家康は強調している。
相手の不安を先回りして解消
さらに、信長との仲も取り持つと伝えたうえで、織田家と武田家の縁談にも触れている。当時、織田信長の長男にあたる信忠と、
「信長と謙信が入魂の仲となるように、信長に意見する。また武田家と織田家の縁談が破談になるようにそれとなく諫言する」(信長、輝虎御入魂候ように、涯分意見さるべく候。甲、尾縁談の儀も、事切れ候ように諷諫さるべく候こと)
相手が不安に思いそうなことは先回りして解消しているのが、何とも家康らしい。謙信もここまで考えてくれたならば、と家康との同盟を決意している。
つねに「慎重に考えて早めに行動する」を実践してきた家康。後世において「腹黒い」というイメージで語られがちなのは、そんな用意周到さも理由の1つではないだろうか。
【参考文献】
大久保彦左衛門、小林賢章訳『現代語訳 三河物語』(ちくま学芸文庫)
宇野鎭夫訳『松平氏由緒書 : 松平太郎左衛門家口伝』(松平親氏公顕彰会)
平野明夫『三河?松平一族』(新人物往来社)
所理喜夫『徳川将軍権力の構造』(吉川弘文館)
本多隆成『定本 徳川家康』(吉川弘文館)
柴裕之『青年家康 松平元康の実像』(角川選書)
二木謙一『徳川家康』(ちくま新書)
日本史史料研究会監修、平野明夫編『家康研究の最前線』(歴史新書y)
菊地浩之『徳川家臣団の謎』(角川選書)
大石泰史『今川氏滅亡』(角川選書)
佐藤正英『甲陽軍鑑』(ちくま学芸文庫)
平山優『武田氏滅亡』(角川選書)
笹本正治『武田信玄?伝説的英雄像からの脱却』(中公新書)
太田牛一、中川太古訳『現代語訳 信長公記』(新人物文庫)
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