アメリカで物議を醸す「州境変更」という運動 近未来にありうるかもしれない第2の南北戦争

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本書では、内戦が起きやすい状態として民主主義と専制国家の中間の状態を意味するアノクラシーというキーワードが登場する。このアノクラシーのもとでもとりわけ、人びとが武器を手にとりやすい事態が生まれるのは、おしなべて自分たちが「格下げ」されるという集合的意識にとらわれる状況が生じる場合であると本書は指摘する。

ウォルターにしたがえば、もともと甘受してきた貧困や差別に、人びとは容易に耐えられる。しかし、それまで保持していた地位や権力を失うことは、しばしば耐えがたいものとなるのである。喪失と敗北の屈辱や恐れは、憎悪と対立を煽る少数の者たちのメディアやSNSでのメッセージを媒介として、殺られる前に殺らなければという決意に変わる。そうなれば、暴力的な衝突をとめることはもう簡単にはできなくなる。

ウォルターはカリフォルニア大学サン・ディエゴ校に勤務する、国際情勢分析の専門家である。その知見は学術的成果に裏づけられたものであるものの、筆致はジャーナリストにも似て疾走感があり、悲劇に見舞われた当事者たちにはシンパシーをもって接していることが感じられる。

その一方でウォルターは、冷静な分析の視点も忘れてはいない。ボスニア内戦の事例に即してウォルターが指摘するように、当事者たちはしばしば紛争の火種をとらえそこなうことが少なくない。これは、直近のウクライナ戦争でもおそらくみられたことであり、専門家であればこそ勃発の予兆を捉えて、精度をもって予測することができる。

マイケル・リンドの近著『新しい階級闘争』では、新自由主義を推進し、民主主義を破壊する専門職エリートのあり方が鋭く問われていた。ウォルターの本書は、民主主義とそのもとでの人びとに内戦の危険を回避させる処方箋を示し、民主主義の持続を手助けしている。俯瞰して見るならウォルターのこの本は、社会と専門家とのポジティヴな接点を考えなおすという点でも示唆的である。

かつての南北戦争とは様相が異なる

さまざまな各国の内戦の事例に触れたウォルターは、本書の後半でいよいよアメリカを主題とする。アメリカにとっての内戦とは、19世紀後半に当時のアメリカを南北に分かつかたちで戦われた南北戦争のことである。今日のアメリカでは、なにかにつけて世論が激しく二分され、前世紀の国際政治上の冷戦のように、国内で冷たい南北戦争が戦われているという言い方がされることも増えてきた。とはいえ、実際にふたたび南北戦争が起きると真剣に考えている者は、アメリカの国内外でそこまで多くはないだろう。

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