アメリカで物議を醸す「州境変更」という運動 近未来にありうるかもしれない第2の南北戦争

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それに対してウォルターは、本書の前半の議論を踏まえ、仮に今後あらたな内戦がアメリカで起きるとしたら、それはかつての南北戦争とはだいぶ様相が違うものになるだろうと指摘する。近未来のアメリカでありうるかもしれない内戦勃発の状況をフィクション仕立てで描いてみせるウォルターの筋書きには既視感にも似たリアリティがあり、脇の下から嫌な汗が流れるような感覚に襲われる。本書は無論、アメリカで第2の南北戦争がもはや不可避であると言っているわけではない。ただ、世界に冠たるアメリカン・デモクラシーの祖国は、何が起きようとも盤石であるという楽観的な想定は、もはや成り立たなくなりつつある、ということなのである。

州境変更の議論にまで発展

2023年2月20日、つねづね陰謀論を唱え、物議を醸してきた連邦下院議員のマージョリー・テイラー・グリーンはツイッターで、われわれにはナショナルな離婚が必要だとつぶやいた。共和党が優勢ないわゆる赤い州(レッド・ステイト)と民主党が優勢な州である青い州(ブルー・ステイト)にわかれよう。そうすれば、邪悪な連邦政府もできるかぎり小さくできるというわけである。アメリカの国家内別居婚を説くグリーンのつぶやきは、賛否を引き起こしている。

グリーンのこのような一見してエキセントリックともみえるつぶやきは、しかし、実際の一部の動きとも相即している。

たとえばここ数年来、ポートランドなどの都市がある西海岸のオレゴン州では、非都市部の郡(カウンティ)のなかで東隣のアイダホ州に編入することを求める住民運動が起きてきた。リベラルな住民たちが多数を占める都市部の票を前にしては、保守的な住民の多い非都市部の郡の声がオレゴン州全体の意見になることは難しい。それゆえに「大アイダホ運動」に賛同し、住民投票を可決させる郡は着実に増えてきた。昨年2022年11月現在で、州内の東部と南部の11の郡にのぼった。今年の2月には、アイダホ州と州境変更の議論を公式に開始することをオレゴン州議会は承認するに至っている。実際に州境変更をするためのハードルは多くあり、けっして簡単なことではない。それでも、数年にわたって水面下で盛り上がってきたこうした運動が、今後ますます大きく取り上げられる可能性が高まっている。これが最近のアメリカ国内の状況である。

アイダホ州と一緒になることを求めているオレゴン州内の保守的な州民の求めには切実なものがある。ただし、こうした動きの加速はアメリカの内部的一体性を弱め、「われわれ」と「かれら」の対立を倍加させる危険をはらむものでもある。ひいてはそれは、ウォルターが描く不吉な近未来の方向にアメリカを進ませることになるかもしれない。はたして、公平な政治的代表と分裂の加速との分水嶺は、どこにあるのだろうか。

井上 弘貴 神戸大学大学院国際文化学研究科 教授

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いのうえ ひろたか / Hirotaka Inoue

1973年、東京都生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程満期退学。博士(政治学)。自治体非正規職員、早稲田大学政治経済学術院助教、テネシー大学歴史学部訪問研究員などを経て、現職。専門は、政治理論、公共政策論、アメリカ政治思想史。著書に『アメリカ保守主義の思想史』(青土社)、『ジョン・デューイとアメリカの責任』(木鐸社)、訳書に『ユニオンジャックに黒はない――人種と国民をめぐる文化政治』(共訳、月曜社)などがある。

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