開祖が「葬式は必要ない」と名言している宗派も
初詣、厄除け、合格祈願、交通安全祈願などでお寺を訪れたことのある方は多数おられると思う。こうした祈願を受け付けている寺院といえば、成田山新勝寺、川崎大師、佐野厄除け大師などが真っ先に思い浮かぶだろう。
その形式は賽銭を入れたりお守りを購入したりする簡易なものから、僧侶に護摩を焚いてもらう本格的な祈祷などざまざまだが、いずれも何かしら成就のために祈っていることは間違いない。
また、親戚や知人が亡くなったとき、寺で僧侶のお経を聞き、焼香した経験はほとんどの人がお持ちではないだろうか。祈願は神社でも行うが、葬儀や法事は仏教寺院がほぼ独占的に担当している。彼岸や故人の命日には墓前で手を合わせて祈るだろう。
このように祈願と法事はお寺の二大事業なのだが、驚くべきことに、これらの儀式は仏教の開祖である釈迦の教えに基づくものではない。また、宗派によっては、祈りを一切認めないところや、開祖が「葬式は必要ない」と明言しているところもある。それではなぜ、現在の仏教寺院では僧侶がこうした儀式を司っているのだろうか。
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