「自分のことは忘れてほしい」子を手放す親の迷い 余命3カ月の父の視点から考える特別養子縁組

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映画の中でソーシャルワーカーが「例外的」と念押しする通り、「実親による養親探し」は現実には起こらない。しかし、子どもを受け入れる側と預ける側の間で話し合って信頼関係を構築することは、1つの理想的な形と言える。

いつかの君にもわかること
映画『いつかの君にもわかること』(配給キノフィルムズ)は、YEBISU GARDEN CINEMAほかで全国順次公開中

また、映画の中でマイケルはジョンとの対話を通じて、死の概念や養子になることの意味を徐々に理解していく。石川氏は「父親が論理的、一方的に話すのではなく、息子の質問に答え続ける姿が印象に残った」と話す。

映画は、ジョンが自ら選んだ“新しい家族”の家を訪問するシーンで終わる。大場氏は「マイケルの“その後”を見てみたい」と話した。

「マイケルは“新しい家族”とともに父との別れを乗り越え、成長していくでしょう。すると、養親と子どもは、ずっと父のことを語り合える関係でいられます。“新しい家族”は、悲しみを癒やしていく存在になれるはずです」(大場氏)

日本では子の「知る権利」は明文化されていない

ジョンは余命をかけて育ての親を探し、マイケルの思いを汲んで育ての親を決めた。大場氏は「オープンアダプション(実親と養親が情報を共有して、子どもの成長を見守る制度)の一つのあり方を示している」と肯定的にとらえる。

映画『いつかの君にもわかること』はフィクションだが、縁組の段階から生みの親と育ての親が丁寧に関係性を育み、子どもが安心して自己形成していける環境をつくっていく実験的な取り組みに見える。

本作では、「家庭での養育」を第一選択として養子縁組を考える欧州において、子どもの「出自を知る権利」に配慮して「思い出ボックス」を用意するなど、いくつかの工夫を知ることができる。

日本も批准している「子どもの権利条約」には、「できる限りその父母を知る権利」が明記されているが、国内の法律で養子の出自を知る権利は明文化されていない。また、ルーツ探しは、子どもが関係機関に相談するなど、自発的に動かなければ縁組の経緯や生みの親に関する情報がわからない仕組みで、縁組記録の保管状況もばらばらである。

余命3カ月の父親の視点から、生みの親や支援者が子どもと対話を続けることで最善の縁組を目指す姿に、日本は学ぶ点が多い。

若林 朋子 フリーランス記者
わかばやし ともこ / Tomoko Wakabayashi

1971年富山市生まれ、同市在住。1993年から北國・富山新聞記者。2000年まではスポーツ全般、2001年以降は教育・研究・医療などを担当。2012年に退社し、フリーランスの記者に。雑誌・書籍・広報誌やニュースサイト「AERA dot.」、朝日新聞「telling,」「sippo」などで北陸の話題・人物インタビューなどを執筆する。最近、興味を持って取り組んでいるテーマは、フィギュアスケート、武道、野球、がん治療、児童福祉、介護など。

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