そもそも彼女を苦しめた元凶は父親であるはずだ。その父親に怒りが向かないのが不思議な気もするが、傷が大きすぎて、記憶にのぼらないこともあるのかもしれない。彼女が激しい怒りを感じるのはいつも、援助職に就く男性の言葉だった。
経済的に困っていない虐待家庭の苦しみも知って
フミさんはその後、不幸中の幸いで、適切な治療につながることができた。2年前に高層マンションで飛び降り自殺をはかり救出、保護されたことがきっかけとなった。現在はカウンセラーによる専門の治療を受けながら大学に通い、今後の道を模索している。
精神科の医師からフミさんは、複雑性PTSD、解離性同一性障害、境界性パーソナリティ障害、愛着障害などの診断を受けた。カウンセラーは、父親がいわゆる高機能サイコパスと考えられることや、フミさんが父親から命にかかわるレベルの虐待を受けたことを指摘している。
治療を始めたところ、解離の症状は落ち着き、頭痛や不眠も治まった。医師やカウンセラーの助言に従い、母親とともに家を出たが、父親からは今もときどき脅迫に感じられるメッセージが送られてくるという。
「虐待というとき、経済的に困っていない家庭も実は多いんだ、ということを世間は知らないし、少ないと思っている。だから見つけてもらえないし、支援にもほとんどつながらない。理解もないから孤独だし、孤立してしまう。世間のみなさんに、もっとこういう家庭の苦しみ、気持ちを知っていただきたいです」
筆者もこの連載で、父親が一流企業に勤務する、あるいは研究者や教師、聖職者などの職に就く「一見、いいおうち」であっても、子どもが虐待やネグレクトで苦しむケースを何度も取材してきた。
見た目だけではその人の本当の苦しみはわからないし、その苦しみはほかの人のそれと比較されるべきものでもない。想像力の不足で誰かを傷つけることがないよう、彼女のような人の経験は、広く知られてほしいと思った。
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