この話を、原稿にできるのだろうか? 取材しながら、ぐるぐると考えた。正直なところ、あまり自信がなかった。彼女の記憶は断片的だったし、決して「わかりやすい話」ではなかったからだ。
でも、それこそが彼女が連絡をくれた理由だった。父親にどんな虐待をされたのか、よく思い出せない。裕福な家庭で、父親の社会的地位も高いだけに、周囲に自分のつらい状況を見つけてもらえない。
特定の場面では話すことができなくなる場面緘黙(ばめんかんもく)や、記憶や意識をとりまとめる力が一時的に失われる解離など、彼女は複数の症状を抱えている。そのこともあり、周囲によく誤解をされてしまう。
数えきれないほどの「わかってもらえない」を繰り返した彼女は、7年ほど前、ある出来事をきっかけに精神状態を悪化させる。それから約4年、家出や入院を繰り返し、傍目に理解されやすい困難にある人に激しい嫉妬を感じて、苦しんだ。
2年前にカウンセリング治療を受け始め、一時期よりだいぶ落ち着きを取り戻した彼女は、現在は母親と2人で暮らしながら大学に通い、今後の道を探っている。
遠方だったため取材はZoomで行った。彼女はうまく話せないことを心配してか、事前に用意したメモ書きを読み上げながら、質問に応じてくれた。
高学歴な父親による「巧妙」な虐待
フミさん(仮名・20代)は、いわゆる「お金持ち」の家に生まれ育った。母親の実家は地元でよく知られる資産家であり、父親は高学歴で、人から敬われる類の仕事をしていた。
見合いで結婚した両親は、仲が悪いというより、互いに無関心だった。たとえるなら「マンションの知らない隣の人」とフミさんは言う。そんな夫婦もいるのか、と不思議な感じがした。
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