癒し系?単純?「和田義盛」史実に見る本当の性格 歴史に造詣、将軍・源実朝に絵を献上したことも

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御家人66人の景時弾劾状を頼家に見せることをためらっていた文官・大江広元に対し、「梶原景時の権威を恐れて、多くの者の鬱積した感情をないがしろにするのは、道理にかなわないこと。弾劾状を、頼家様にお見せするか否か、この場で返答願いたい」と怒鳴りつける義盛。その剣幕に恐れをなしたのか、広元は頼家に弾劾状を奉呈するのでした。

景時はほどなく、滅亡。それにより、義盛は侍所長官に返り咲きます。思い詰めたら一直線、感情的な義盛の姿。とはいえ、義盛は無教養な人物だったわけではありません。

武勇に優れ、一定の教養も備えていた

建暦2(1212)年6月には、義盛の邸を訪問した3代将軍・実朝に、義盛は日本や中国の有名な将軍の肖像画12枚を献上しているのです。ここから、義盛は歴史にも関心を持っていたことがうかがえます(おそらく、実朝と歴史談義に花を咲かせたのではないでしょうか)。

また、義盛の孫・朝盛は、実朝の近習として重用されていますが、朝盛は和歌や蹴鞠にも優れた教養人でした。

武勇に優れた面もありつつ、一定の教養も備えていた。それが和田義盛の実像といえるでしょう。

濱田 浩一郎 歴史学者、作家、評論家

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はまだ こういちろう / Koichiro Hamada

1983年大阪生まれ、兵庫県相生市出身。2006年皇學館大学文学部卒業、2011年皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。専門は日本中世史。兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師を歴任。『播磨赤松一族』(KADOKAWA)、『あの名将たちの狂気の謎』(KADOKAWA)、『北条義時』(星海社)、『家康クライシスー天下人の危機回避術ー』(ワニブックス)など著書多数

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