暗殺計画はあったのか、なかったのか。真相はやぶの中だが、ここで重要なのは、西郷がこの暗殺計画を信じたことにある。大久保は周囲があきれるほど「西郷は反乱に加わらない」と信じていたが、西郷のほうは大久保のことが信用できなかった。
暗殺計画も、大久保ならば「さもありなん」とむしろ、すとんと腑に落ちたのだろう。大久保は自分の目的を果たすためならば、どんな困難があっても、いつでも一つひとつ、順序だてながら、確実に物事を前進させる。
その粘り強さは本連載でもたびたび取り上げてきたが、部下で元姫路藩士の武井守正にかけた、大久保のこんな言葉にも凝縮されている。
「人間は行き詰まっても、行き詰まらぬように心がけていなければ、大事業は成し遂げられるものではない」
すれ違ってしまった西郷と大久保
実行力あふれる大久保は、味方にすれば頼もしいが、敵に回せば恐ろしい。目的を達成するためのプランに「かつての盟友の暗殺」が組み込まれていても、西郷にとっては「それはありえない」と打ち消すことはできなかった。
もしかしたら、西郷は決起を促されて葛藤するなかで、大久保と最後に会ったときのことを思い出していたかもしれない。
下野することになった西郷は鹿児島に帰郷する日、大久保のもとを訪れて、こう言った。
「あとを頼む」
しかし、大久保は「知るか」と冷たく言い放つのみだった。このときに大久保が西郷に心を込めたメッセージを送っていれば、自身の暗殺計画は、鹿児島県内の過激派を潰すための大久保の策略だと、西郷も考えられたのではないだろうか。熱い思いを持ちながらも、それを語ることが少ないというところが、大久保にはあった。
暗殺されるくらいならば、戦場で仲間と散ったほうが、よほどマシだ。腹をくくった西郷は、自身の暗殺計画について「大久保と川路に尋問する」と宣言。東京に向かうべく、2月24日に西郷軍は鹿児島を出発し、東上を開始した。
(第54回につづく)
【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
日本史籍協会編『島津久光公実紀』(東京大学出版会)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
勝海舟、江藤淳編、松浦玲編『氷川清話』(講談社学術文庫)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家(日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
瀧井一博『大久保利通: 「知」を結ぶ指導者』 (新潮選書)
勝田政治『大久保利通と東アジア 国家構想と外交戦略』(吉川弘文館)
清沢洌『外政家としての大久保利通』 (中公文庫)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』(ミネルヴァ書房)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)
安藤優一郎『島津久光の明治維新 西郷隆盛の“敵”であり続けた男の真実』(イースト・プレス)
佐々木克『大久保利通と明治維新』(吉川弘文館)
松尾正人『木戸孝允(幕末維新の個性 8)』(吉川弘文館)
瀧井一博『文明史のなかの明治憲法』(講談社選書メチエ)
鈴木鶴子『江藤新平と明治維新』(朝日新聞社)
大江志乃夫「大久保政権下の殖産興業政策成立の政治過程」(田村貞雄編『形成期の明治国家』吉川弘文館)
入交好脩『岩崎弥太郎』(吉川弘文館)
遠山茂樹『明治維新』 (岩波現代文庫)
井上清『日本の歴史 (20) 明治維新』(中公文庫)
坂野潤治『未完の明治維新』 (ちくま新書)
大内兵衛、土屋喬雄共編『明治前期財政経済史料集成』(明治文献資料刊行会)
大島美津子『明治のむら』(教育社歴史新書)
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