辻仁成「息子と2人で過ごしたクリスマス・イブ」 小学生が大学生になるまで父子の心の旅の記録

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再び息子が鼻で笑った。

「フランス人とは限らない。アジア人かもしれないし、アフリカ人かもしれない」

そういえば、最近、エルザのことが話題にあがらない。ま、でも、余計なことは聞かないことにしよう。人生は長い、まだ高校生だ。

「そうだけど、可能性はめっちゃ高いんじゃないの? フランス人の家庭に招かれた時に、クリスマスの過ごし方くらい知っといた方がいいだろう。恥かかせたくないから、親心だ。黙って喰えよ」

「なんとかなる」国、フランスの味

鶏肉を切り分け、与えた。息子は黙ってバクバクと頰張った。ぼくはワインをグラスに注いで、宙に向かって乾杯をした。でも、なんとかなる。そうだ、この国は「なんとかなる」国だ。日本のようにビシッと物事が厳格化されてるとは言えない。だから、逆に、デモとかストをこんなにしょっちゅうやっている。日本でここまで鉄道もバスも動かなければ国が機能しなくなるだろう。もう3週間も全土で鉄道バスがストップしているのだから。働かない労働者はそこから減給となるのだとか。すでに3週間、しかも、来年まで持ち越す可能性が大きいのだ。お互いやっていけるのだろうか……。

「パパ」

「なに」

「うまいよ。これ」

「残念だけど、パパが作ったんじゃないよ。肉屋のロジェだ」

『パリの空の下で、息子とぼくの3000日』(マガジンハウス)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

「でも、これがフランスの味だと思う。ぼくはなんで、フランスで生まれたんだろうね」

「そこが問題だな、フランスは好きか?」

「好きだよ。いい国だと思う」

「それは良かったな。お前にとっては生まれ故郷だから、好きなら最高じゃん」

「うん。複雑だけど、仕方ないね。どこに生まれるのか選べる人間はいないんだから」

確かに生まれる場所は選べない。その通りだ、と思いながら、ぼくはワインを水のようにあおった。この生活があとどのくらい続くのだろう。果たしてこいつは誰と所帯を持つのであろう。

「たぶん、人間は死ぬ場所を選ぶことができる。お前は好きな場所を選べばいい」

息子は頷くと、ホロホロ鷄を口の中に放り込んで。うまそうに、食べるね〜。

「パパは?」

「パパもそうする。地球は広いからな、まだ人生を諦めるわけにはいかない」

次回:辻仁成「世界一の手作り肉まんを息子と食べた日」

辻 仁成 作家

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つじ ひとなり / Hironari Tsuji

東京生まれ。1989年「ピアニシモ」で第13回すばる文学賞を受賞。以後、作家、ミュージシャン、映画監督など幅広いジャンルで活躍している。97年「海峡の光」で第116回芥川賞、99年『白仏』の仏語版「Le Bouddha blanc」でフランスの代表的な文学賞であるフェミナ賞の外国小説賞を日本人として初めて受賞。『十年後の恋』『真夜中の子供』『なぜ、生きているのかと考えてみるのが今かもしれない』『父 Mon Pere』他、著書多数。近刊に『父ちゃんの料理教室』『ちょっと方向を変えてみる 七転び八起きのぼくから154のエール』『パリの"食べる"スープ 一皿で幸せになれる!』がある。パリ在住。

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