いつものように長い髪をとかしているときに、ふと違和感を覚えました。つむじあたりに何かがかすかに当たるような気がしたのです。同僚に見てもらうと、ひとこと「これ、かなりやばいよ」と言われました。
皮膚科に行くと、すぐに大学病院を紹介され、病理検査を受けることになりました。検査の結果は、悪性。10万人に1人といわれるメラノーマ(悪性黒色腫)と宣告されたのです。そして、頭部拡大切除手術についての説明を受けます。
Mさんが担当医に最初に聞いたのは、病気の詳細でも手術についてでもなく、「私は、卒業式には出られますか?」でした。
「1月に手術をすれば、その後は職場復帰できますから大丈夫ですよ」と言われて、Mさんは少し安心します。
ですが、「どうして、私ががんに。どうして、どうして……!!」と、怒りがあふれ、膨らんでいきます。ご主人とは、そろそろ自分たちの子どもが欲しいね、と話していた時期のことです。奈落の底へ落とされたようなショックでした。
腐った桃のような頭皮に衝撃
Mさんは手術前日に動画を撮っています。櫛を通しながらサラサラと流れる髪をご主人に撮ってもらったのです。涙が止まりませんでした。
手術は無事終了。目覚めて最初に思ったのは、頭皮は全然痛くないけれど、皮膚の移植元である左脇腹のほうがヒリヒリしてつらいというものでした。
そして衝撃を受けたのは、3日後に鏡で自分の頭皮を見たときでした。そこには腐った桃のような、どす黒くて赤く、ブヨブヨとなった自分の頭皮が映っていたのです。
そのとき、病気になった厳しい現実をまざまざと見せつけられたように思いました。
Mさんは2週間の入院を経て退院。用意しておいたウィッグをかぶり、卒業式の1週間前に職場復帰を果たします。
生徒たちは首を長くして待ってくれていました。そして、Mさんが昨日まで普通に学校にいたかのように、「M先生、おはよう!」と明るく迎えてくれたのです。それが、Mさんには本当にありがたいことでした。
病院にいると、自分は“がん患者のMさん”という存在でしかありません。また周りの大人たちの「がんになって大変だね」という視線を感じることも、正直つらかったのです。
でも生徒たちは、ただの“M先生”として自分を見てくれたのです。いや、もしかしたら、成長した子どもたちが気遣って、わざとそうしてくれたのかもしれません。
「がんになっても、私はわたし」
そう立ち返らせてくれたのは、愛しい生徒たちでした。
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