ウクライナ侵攻が映す「新時代の情報戦」その正体 歴史的視点から「戦争プロパガンダ」を分析

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ロシアの場合、西側諸国による厳しい経済制裁に対抗するため友好国の支持を獲得する必要がある。友好国にも西側諸国から圧力がかけられることから、政治的、経済的関係を維持するためには友好国の世論への働きかけが不可欠だ。中国などではロシア側の主張に沿った報道やSNSにおける言論統制が行われた結果、ロシアに対する支持は高まったと考えられる。

友好国以外については、ロシアの主張を受け入れる市民やウクライナ侵攻以外の価格高騰といった問題を重視する市民が増えることがロシアにとって有利に働く。

非友好国に対するロシアの手法として知られているのは、時に情報源を偽りながら虚実入り交じる一貫性のない発信を大量かつ継続的に発信し続ける「ディスインフォメーション」だ。

この手法は非友好国でも一部市民はロシアに有利な主張を積極的に拡散することを想定している。これらの市民はマスメディアを信頼しない傾向が強く、否定報道があっても動じない。

以上は両国のSNS戦略のごく一部に過ぎない。また、SNSについて考察するにあたってはアメリカの政府やSNSプラットフォーム企業の影響が無視できない。だが、自らの陣営が有利になるよう国際社会に働きかけるSNS戦略が世界的な規模で展開される時代が訪れたことは、誰の目にも明らかだろう。

今後の展望と社会の対応力

ウクライナとロシアの今後を予想することは困難だが、今後の紛争においてSNSがより戦略的に活用されるであろうことは予想できる。

ロシアのSNS戦略はともかく、ウクライナのそれは実験的な試みである。今回、多大な成果を収めたことにより各国政府は何らかの形で模倣すると考えられる。

ただ、各国の世論の形成に最も影響を発揮するのは相変わらずテレビであり、新聞社を含めたマスメディアはSNSにおける情報流通を左右する力を持つ。本稿では紛争時に注目したが、平時やグレーゾーンと呼ばれる段階も含め、マスメディアには各国のSNS戦略をより批判的かつ慎重に検証し、市民のメディアリテラシーを高め、プロパガンダの批判的な受容を促す報道が期待される。

実際、侵攻開始後そのような報道が西側諸国で続いた。それは社会の側も新しい時代のプロパガンダに対応する備えができていたことを意味しているのかもしれない。

国枝 智樹 上智大学文学部新聞学科准教授/『GALAC』副編集長

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くにえだ ともき / Tomoki Kunieda

1984年ベルギー生まれ。専門研究領域は広報・PR論。共編著に『Public Relations in Japan』(Routledge)、監訳書に『アージェンティのコーポレート・コミュニケーション 経営戦略としての広報・PR』(東急エージェンシー)がある。

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