岡山の「高卒」男子、「商社マン」になる

居酒屋バイトから一念発起、今はインド勤務

紆余曲折を経てインドで働くことになった(写真:spinna/Imasia)
 仕事を求めて海外へ出ることは、日本においても現実的な選択肢となりつつある。われわれ日本人が世界中の人材たちと対等に戦っていかなければならない時代は、もはや始まっているのだ。しかし世界では、どういった人材が求められているのだろう?
すでに海外でポストをつかみ第一線で活躍する若き日本人の中でも、いわゆる「駐在員」ではなく、「現地雇用」を得た人たち。彼らの素顔、「海外出稼ぎ」の中で直面した困難や仕事の面白み、そして経済的な事情や日々の生活スタイルなどなどに触れることを通して、世界がこれからのわれわれに何を求めるのか、いわば「世界の募集要項」が何であるのかに迫ってきた本連載、今回はその最終回である。

最終学歴、「高卒」の商社マン

【名前/生年月日】常盤卓也/1987年2月6日
【学歴】私立関西高等学校 卒業
【職歴】株式会社ゴールウィンコーポレーション、株式会社ファニーワーク(創業メンバー)、株式会社オモレイ 取締役専務を経て、現在はToyota Tsusho India Private Limited. Coordinator

有名商社の海外勤務、多くの人にとってあこがれのキャリアに違いない。有名大学卒業、課外活動にも熱心……そんな人が勝ち取るポスト、といったイメージがあるのではないだろうか。

しかし、駐在ではなく、現地採用となれば少し話は変わってくるのかもしれない。今回ご登場いただく常盤卓也さんの最終学歴は、「高卒」だ。そして、彼は現在、豊田通商のインド現地法人に勤務している。

この例外的なキャリアは、自らの努力と勇敢な挑戦心から達成されたようである。彼はどのように勉強し、どのようにビジネス経験を積み、どのように海外へ出て、インドの豊田通商で働くに至ったのか?

また、その現場とはどういったものなのだろうか?

もともとは海外にまったく関心なし!

石崎:常盤さんは、大学へは行かず、高卒の学歴ですが、インドで現地採用され、豊田通商で働いていらっしゃいますね。異色な経歴ですが、いつ頃から海外を目指し始めたのでしょうか?

常盤:もともと海外への関心は、まったくありませんでした。興味を持ち始めたのは2012年、私が25歳のころです。主なきっかけは2つです。まず、当時は大学や専門学校を対象に受験者の集客を支援する広告事業を行っていたのですが、その中で、日本では明らかに18歳人口が減少してきているのだと体感しました。そして、日本の内需に限界を感じたのです。

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