WHOの最新報告(3月24日付)によれば、約300の医療機関が戦闘地域の中にあり、600の医療機関が戦地から10km圏内にあるという。これまでに少なくとも64の医療施設が爆撃を受け、37人が負傷、15人が亡くなった。
そのため新型コロナの受け入れ可能病床は、2月24日と比べて27%減少した。街によっては8割減のところもある。
他方、ウクライナ全土の新型コロナ病床使用率は、83%も低下している。オミクロンが下火になってきたこともあるだろうが、医療へのアクセス困難や報告の断絶の影響と考えられている。
たとえ感染者が増加していても受診できず、把握できないということだ。首都キエフは薬の不足が深刻との報道もある。新型コロナどころか持病の治療や薬の入手もままならない。
クリミア戦争では「戦病死」のほうが多かった
私がこれほどまでにコロナ流行下での戦争を懸念するのは、一医師としての思いつきからではない。感染症と戦争は決して切り離せない悲劇的な歴史があるからだ。
今回のウクライナ危機勃発で、クリミア戦争を思い浮かべた人も多いことだろう。
ロシアによる侵攻の発端あるいは大義名分の1つともなっているのがクリミア半島だ。現在、国際的にはウクライナ領だが、2014年からロシアの実効支配下にある。
そのクリミア半島を舞台に19世紀半ば、英仏を中心とした同盟軍等とロシアが2年半にわたって大規模戦争を繰り広げた。
戦闘以上に悲惨だったのは、戦死者よりも病死者のほうが上回ったことだ。
予想外の長期化によって、英国兵舎の衛生状態が悪化し、感染症が蔓延した。当時、その惨状にいち早く気づき、医療に統計学を導入して状態改善に奔走したのが、「クリミアの天使」と称される看護師・ナイチンゲールだった。
関西学院大学・高畑由起夫元教授のブログによれば、クリミア戦争では「戦死者1.7万人に対して、戦病死者数が10万人を超えた」という。さらにその約5年後に起きたアメリカの南北戦争では、「戦死者20万人に対して、戦病死者数は56万人を超えた」としている。
また、人類史上最悪のパンデミックとされるスペイン風邪は1918年、ちょうど第1次世界大戦の真っただ中に発生した。
今日ではインフルエンザウイルスの一種(鳥インフル由来のH1N1亜型)と解明されているが、当時、世界で5億人超が感染し、1億人超が犠牲になったとされる。
第1次世界大戦の戦死者は少なくとも900万~1000万人と言われるが、この中にも「戦病死者」が多く含まれている。若者に多くの犠牲者を出したことが特徴で、そのために兵士が足りずに大戦終結が早まったとも言われる。
感染症は、戦時下にあっても戦闘以上に命を奪い、戦争や世の中の行方まで大きく左右するのだ。
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