年末年始は、誰にも会わないに限ります 哲学者に「今年もあっという間」は禁句?

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仕事で成功しても、私生活が幸せでも、どうせ死んでしまうのは世の必定。かくも虚しい人生において、哲学は救いになりうるのか――。本連載では、“戦う哲学者”中島氏が私塾「哲学塾 カント」の興味深い日常風景に材を取り、四方八方から哲学の実態を語り尽くす。

 

今回は(編集部からの要望もあって)、年末ということもあるので、「時間」のことについてちょっと語りましょう。年末になると、誰でも時間について口にすることが多くなります。「また、あっという間に今年も終わりだ」とか「時の流れはなんと速いものか」とか「来年こそは〇〇が叶えられますように」とか……。このすべてに違和感を覚える私は、とりわけ年末年始の挨拶に苦痛を覚えます。

「時の流れ」は単なる比喩であり、しかも誤った比喩です。まして時は速度を持ちえませんから、時が「速い」わけではありません。速度を持ちえるのなら、時の速さを測るものはいったい何なのでしょうか? やはり、時間なのでは? 時間で時間の速さを測るとはどういうこと? それに「速い」というのだから、「どのくらいの速さ」なのかわかるはずです。じゃ、いったい時速どれくらい? 何ひとつとして答えられないじゃないですか。すべてが嘘だからです(このことについてさらに興味のある人は、拙著『「時間」を哲学する』講談社現代新書を参照してください)。

「来年」を含む未来など、まったく「ない」

また、「来年」を含む未来はまったく「ない」と私は信じていますので、人々が来年の話をすることもとても苦しい(このことについては『生きにくい...』角川文庫を参照のこと)。このまえ大手出版社の編集者が、私の面前でぬけぬけと「中島先生、今年もあっという間でしたねえ」と呟きましたので、そのときばかりはカッとして「そんなこと言うな!」と怒鳴りました。時間を研究している者としては、ここで妥協するわけにはいきません。

といって世間の人々の語り方をすべて「直そう」という気力もありません。もっとも「未来」をテーマにした6月の日本哲学会シンポジウムでは、「未来がない」ことをひたすら主張し、多くの哲学者たちの賛同を得ましたが、とにかく哲学者および哲学の修行者を除いて、年末年始は誰にも会わないに限ります。

みなさん、相当ヘンクツだと思うでしょう? 私はいつも思うのですが、世間の人々は宗教家の言葉には寛大ですが、哲学者の言葉には寛大ではない。クリスチャンが「神さまが見守ってくださる」と言っても、ムキになって「そんなこと言うな」と激怒する人は少ないようだし、仏教徒が「亡くなったお父さんが家族を見守ってくださる」と言っても、「そんな迷信やめたらどうですか?」と抗議することは少ない。自分は信じていなくても、そう信じている人を「暖かく」見守るのです(すくなくとも現代日本の物のわかった人は)。

しかし、哲学者が「未来はない」とか「他人はいない」と言った瞬間に、にわかに顔はこわばり、「じゃ、あなた、何の予定も立てないのですか?」とか「じゃ、あなた、他人から殴られてもなんともないのですか?」というような「反抗」の嵐が吹き荒れるのです。本当に不思議ですね。世人たちは、こういう信念を持って真剣に生きている人もいるのだ、ということを絶対に認めようとせず、「わざとヘンなことを言っておもしろがっているのだ」とか「勝手な机上の空論をこしらえて得意になっているだけだ」という反抗的姿勢に出るのが普通です。

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