名選手が必ずしも名コーチになるとは限らない。僕を巨人に呼んでくれた川上(哲治)さんは、バッティングの神様といわれた人。それでも王(貞治)を3年見ても育てることができなかった。ところが10歳も下の若造の僕が来て教えたら、王はいきなりホームラン王になった。それ以後13年連続でホームラン王に。そんな僕に川上さんはジェラシーを感じていたようだ。
僕は1軍のバッティングコーチだった。それなのに何度も2軍を見に行かされた。川上さんに言われたからだ。2週間ぐらい2軍に行っている間に、王はフォームを崩して打てなくなる。僕が1軍に戻ってきてそれを直す。その繰り返しだった。川上さんはきっと僕への嫉妬があって、そんなことをしたのだと思う。
いいコーチとは、あらゆる勉強をしている人
でも、王が756号の世界記録を達成した直後、一通の電報が届いた。「荒川、世界一おめでとう。日本でいちばん喜んでいるのは君だと思う。川上哲治」とあった。妻と二人で感動して言葉が出ないほどだった。しかし、川上さんの口から直接言われたわけではなかった。
それが今から6年ほど前、伊藤忠商事の丹羽(宇一郎・元社長)さんを交えた会食のとき、丹羽さんが帰った後、川上さんが僕の妻に言ってくれた。「奥さんな、荒川がいちばんかわいそうだったんだよ。いちばんつらい思いをしたんだよ」と。あのときはうれしかったなぁ。
いいコーチとは、あらゆる勉強をしている人。野球だけではダメ。頭が固い。たかだか20年、30年の自分の経験を教えるなんておこがましい。そんな人のところに打率3割を打つ名選手は来ない。習って打率が落ち、給料が下がったら困るもの。選手は自分の成績を上げてくれる人には絶対服従だけど、下手な人のところへは習いに行かない。
コーチとして飯を食うには、自分で勉強して何か突拍子もないものをつかまなくてはいけない。僕の場合は、合気道と剣道と心身統一法だった。それぞれの師匠から厳しい指導を受けたことが、僕の野球の指導に生きた。一人の選手を育て上げることも必要だ。僕は榎本(喜八)を育てた。
相手のレベルに下がって教えることも大事。今は少年野球で教えているが、最近の親や監督やコーチは口やかましく言いすぎる。子どもはわからないのだから優しく丁寧に教える。それがコツだ。決して怒らず、褒めて調子に乗せ、野球バカといわれるぐらいに、野球にのめり込ませられれば、一流になれる。
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