デフレ脱却という呪文は、もはや通じない 黒田日銀の追加緩和の限界が見えた

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では投資はどうか。関係ない。投資は必要があれば行われるのであり、インフレ率が1%か2%かは関係ない。思い切った投資が必要かどうかは、資産市場における投資においてのみ重要である。

資産市場における金融的投資においては、安く買って高く売ることが必要であるから、人よりも早く買って、早く売らないといけない。そうなると、買いが殺到することになる。この買いが殺到する、という予想が起きなければ、実際に買いは殺到しない。この意味で、期待は実現するのである。

一方、消費財市場においては、これはほとんど実現しない。ある特定の限定商品、子供向けのキャラクターにみなが殺到すると思うから、我先に殺到するのであるが、これは限定商品であり、トータルの消費は増えない。所得が増えないからである。

そして、インフレにより賃金が上がり、所得が増えるというのは誤りだ。なぜなら、インフレはコスト高によるインフレであるから、むしろ、企業はコスト削減で賃金も抑制的になるはずだ。インフレは関係ない。ビジネスを増やそうとするから人手が必要で、人の奪い合いになるから賃金引き上げが起こるだけだ。現在見られる若年労働市場の一部だけだ。労使交渉は、単に、海外市場での円換算での利益が膨らんだ企業が組合の要求をのむ余力があるというだけのことだ。

もし所得が増えるのであれば、それはインフレに関係ない。期待インフレにも関係ない。デフレスパイラルは関係ない。単に、将来の所得見通しに楽観的になるだけのことである。必要なのは、期待インフレではなく、期待所得だ。

追加緩和は、資産市場にのみ影響を及ぼす

期待インフレが重要なのは、金融資産市場のみなのだ。実際、リアルな不動産と株式が上昇する。それだけのことなのだ。そして、日銀は、REITと株式ETFを買うのだから、需給バランスも変わり、さらに株価、不動産価格の期待は上昇する。このような普通のメカニズムが働いているだけで、デフレスパイラル、デフレマインドなどどこにもない。

第3のインフレである、期待インフレが高まることにより、実際にインフレが起きるというメカニズムは、高度成長期のモノも人も奪い合いである場合や、大恐慌のような激しいデフレーションが起きるときだけのものである。一方、資産市場においては、それは日常的に起こる。したがって、期待インフレを起こす、という気合いで行われた日銀の追加緩和は、資産市場への実弾と相まって、資産市場にだけ影響を及ぼすことになるのだ。

そして、実体経済には、資産市場である為替市場で円が下落することにより、交易条件が悪化し、コスト高が進むことにより、マイナスの影響をもたらすことになる。

このように、実体経済における、第3のインフレ、期待インフレはなんのプラスの効果ももたらさないのである。昨年の緩和は、いわば呪文のようなモノだったが、呪文が一回だけ効いた理由は資産効果による裏付けがあったからである。

したがって、今回の呪文の効果も、資産効果頼みなのであり、デフレ脱却という呪文により、人々が消費や実物投資を行うということが起きない限り、デフレマインドとは関係ないのである。さらに言えば、前回、この呪文で資産効果が関係ない多くの人々にも有効だったのは、これまでの経済の悪化がデフレのせいであるというプロパガンダを信じる余地があったからである。

現在、インフレが起こり、コスト高になった今、インフレになってもいいことはないことがわかってしまった以上、プロパガンダを信じる、資産効果と無縁の人々は存在しないのであり、やはり、実体経済に効果はなく、さらなる円安のコスト高により、経済厚生が低下するという事実だけが残るのである。 

小幡 績 慶應義塾大学大学院教授

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おばた せき / Seki Obata

株主総会やメディアでも積極的に発言する行動派経済学者。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現・財務省)入省、1999年退職。2001~2003年一橋大学経済研究所専任講師。2003年慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應義塾大学ビジネススクール)准教授、2023年教授。2001年ハーバード大学経済学博士(Ph.D.)。著書に『アフターバブル』(東洋経済新報社)、『GPIF 世界最大の機関投資家』(同)、『すべての経済はバブルに通じる』(光文社新書)、『ネット株の心理学』(MYCOM新書)、『株式投資 最強のサバイバル理論』(共著、洋泉社)などがある。

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