「死」が僕の作品の出発点

美術家・横尾忠則氏③

よこお・ただのり 美術家。1936年兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館、アムステルダム美術館、カルティエ現代美術財団など内外で個展を開催。毎日芸術賞、紫綬褒章、日本文化デザイン大賞など受賞多数。小説『ぶるうらんど』では泉鏡花文学賞。

僕の出発点は「死」です。普通の人は到達点が死なのでしょうが、僕の場合は逆。死から始まって、死のことを考え続けています。僕の作品で最初に評価されたのは、1965年に発表した、自死のポスターです。自分のための広告を作ろうと思い、僕自身が首を吊っているところを描きました。このほか、死亡通知の新聞広告を出したり、31歳のとき、初の作品集のタイトルを『横尾忠則遺作集』として出版したり、縁起の悪いことばかりしてきました。

自分の周辺環境を死で塗り潰すことで、自分を死の対象に位置づけられるかもしれない、そう思って疑似死を演じてきたのです。とにかく、自分を生きている存在として認めていると、死を恐れ、生に対する執着が生まれてきて、未練に振り回されてしまいます。だから、自分を死んだものとしてとらえるようにしてきたのです。

実は死のほうが大切

しかし、そう思えば思うほど、死の恐怖を超えることはできませんでした。こういう形で死に興味を持つようになると、逆に生に対する力が働くようです。

普通の人は、生が主導権を握って、生を前提として社会や人生を考えていると思います。僕は、それは逆ではないかと思っています。生の中に死があるのではなく、死のほうが大きくて、死は宇宙のようなスケールの大きい存在だから、死の中に生があるのではないかと思うのです。死は決して悪ではないのです。

裏返して言えば、生は死より偉いとは思いません。私たちは死よりも生のほうを重視しがちですが、実は死のほうが大切なのです。誤解を招きそうな言い方ですが、昔の偉い僧侶は、そのことをよくわかっていたと思います。だから修行をして、生きながら死をとらえようとしたのでしょう。僕も似たような感覚です。絵を描くことも一つの修行です。だから絵の主題が死なのです。

死をとらえるには、自分の中の毒素、雑念つまり煩悩を吐き出すことが必要だと思います。座禅をやるとよくわかります。雑念が次から次に去来してきます。それが執着になったり、欲望になったりします。そういうものを吐き出し切らないと、生きながら死をとらえることはできないと思っています。それらを吐き出そうとして僕は絵を描き、文章を書き、最近はツイッターもやっています。そうして雑念を吐き出し、死と生を一つのものとしてとらえることができたら、自分が納得する、もっと自由な絵が描けると思います。

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