だが、この偉大な渡辺教授でもわからないのは、なぜ日本だけがインフレになっていないのか、ということである。この本でもさまざまな議論が試みられているが、依然、謎のままなのである。
実は私は、黒田東彦・日本銀行総裁の異次元緩和の真っただ中、あるサイトの企画で対談をしたことがある。その際、オフレコの時間帯に私が「渡辺先生、異次元緩和なんて壮大なコストとリスクを払ってまで、インフレ率を2%にしようとする必要ありますか。1%ではだめなんですか」と聞いた。
すると彼は、「小幡くん、僕も2%でも1%でもいいとは思っているんだ。でも本当に怖いのは、僕らは物価をどうやったらうまくコントロールできるか、まったくわかっていないことなんだ。2%のインフレにもできないと、ひどいインフレになったり、ひどいデフレになったりしたときに、中央銀行がまったく物価をコントロールできないままでいる、というのが一番怖いんだ。だから僕は、リスクをとっても、実験と言われても、試行錯誤する必要があると思っている」と言った。
私は感動した。そして、今回の本にも表れているように、彼は人生を賭けて、物価と取っ組み合っているのである。
「物価もインフレも重要ではない」
しかし、である。
私は、彼とまったく見方が違う。根本的に致命的に違う。それは「物価もインフレも重要ではない」というものだ。これは最も彼を侮辱し、怒らせるものであると想像するが、しかし、私はそう思っている。
少なくとも、今の日本の現状においては、物価もインフレも重要な政策イシューではない。にもかかわらず、最大のエネルギーと限界を超えたリスクを賭けて、いわば国を賭けて異次元緩和を行い、インフレを起こそうとしている。これは、日本の金融政策の歴史上、最大の誤りだと思っている。
物価なんてどうでもいい。しかし、人々はなぜ、物価が、インフレがそんなにも重要だと思うのか。
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