医師が遅い時間ほど「抗生物質」処方しがちなワケ プロフェッショナルでも気分に左右される事実

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例えば何かを交渉する状況では、いい気分は役に立つ。機嫌のいい人は協力的だし、ギブアンドテイクの精神を発揮しやすいから、不機嫌な人よりもうまく交渉をまとめられる可能性が高い。いうまでもなく交渉の成功は人をハッピーにするが、これらの実験では交渉の進展によっていい気分になったわけではなく、交渉開始前からいい気分になるよう仕組まれていた。

なお、機嫌がよく協力的だった人が交渉中に怒り出した場合には、よい結果になることが多いという。これは、頑固な相手と交渉するときに覚えておくとよいテクニックかもしれない。

気分が「だまされやすさ」に及ぼす影響

その一方で、ご機嫌な人は自分の抱いた第一印象をあまり疑いもせず受け入れてしまう傾向が強い。フォーガスが行った実験の1つでは、被験者にまず短い哲学論文を読んでもらう。論文には、それを書いた哲学者と称する人物の写真が添えられている。一部の被験者には典型的な哲学教授、すなわち厚いメガネをかけた中年男性の写真が、残りの被験者には若い女性の写真が添付された。

これは、もともとはステレオタイプに影響されやすい傾向を調べる実験で、読者のご想像通り被験者は、典型的な哲学教授の書いたとされる論文と若い女性の書いたとされる論文では前者を高く評価した。しかしここで重要なのはそのことではない。被験者はご機嫌なときほど前者を高く評価したのである。つまりハッピーな気分は、バイアスの影響を強くする方向に作用する。

気分がだまされやすさにおよぼす影響を調べた研究もある。ゴードン・ペニークックのチームは、意味深長に見えるが実際には無意味な文章に対する人々の反応を調べる多くの調査を行ってきた。そうした文章は、人気のあるカリスマ的人物の発言から名詞と動詞をランダムに抜き出し、文法的に正しく並べてでっちあげるらしい。

例えば「完全性は無限の現象を鎮める」とか「隠された意味が比類なき抽象美を変容させる」といった調子だ。こうした文章に賛同しやすい傾向のことを「デタラメ受容性」と呼ぶ(プリンストン大学の哲学教授ハリー・フランクファートがデタラメをテーマにした示唆に富む著作〔邦題は『ウンコな議論』〕を発表して以来、「デタラメ」はどうやら専門用語の仲間入りを果たしたらしい。フランクファートは同書の中でデタラメとうそのちがいなどを論じている)。

もちろん、デタラメの受け入れやすさは人によってちがう。だまされやすい人は「意義深い真実として提示され、みたところ印象的だが実際には内容空疎な文章」にころりと参ってしまう。だがこのだまされやすさは、持って生まれた気質のせいだけではない。人間はご機嫌だとデタラメを受け入れやすくなり、また全般的にだまされやすくなる。

つまり、つじつまの合わないところを探し出したり、うそを見抜いたりする気がなくなってしまう。逆に何らかの事件の目撃者は、機嫌の悪いときは偽情報に接してもしっかり見抜き、誤った証言をせずに済むという。

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