医師が遅い時間ほど「抗生物質」処方しがちなワケ プロフェッショナルでも気分に左右される事実

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例えば一般の病院や医院を受診した約70万人を対象にしたある調査によると、長い一日の終わりが近づく頃には医師がオピオイド(強力な鎮痛剤)を処方するケースが大幅に増えるという。言うまでもなく、午後4時に予約した患者のほうが午前9時の患者より痛みが強いと考えるべき理由は何もない。同様に、医師のスケジュールが押し気味かどうかも処方とは関係がないはずだ。

にもかかわらず、非ステロイド系抗炎症薬の処方や理学療法の提案は一貫したパターンでは行われていない。医師が予定時刻に遅れそうなときは、副作用が大きいにもかかわらず、手っ取り早い強力な治療法を選ぶ傾向があきらかに強まる。ほかの調査でも、一日の終わりに近づくと、医師は抗生物質を処方する頻度が高まり、注射をする頻度が下がることが判明した。

猛暑だと量刑は厳しくなりやすい

天気でさえ、プロフェッショナルの判断に計測可能なほどの影響を与える。とはいえ、判断を下す現場は空調が効いていることが多いので、天気の影響はおそらく気分に「仲介」されているのだろう(つまり、天気が直接判断を左右するのではなく、まず気分に影響をおよぼし、それが判断に影響を与える)。

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例えば猛暑だと量刑は厳しくなりやすいし、株価の動きは日照に左右されやすい。一方意外なことに、天気が悪いときには記憶力が高まる。また、天気の影響が微妙な作用をおよぼすこともある。社会心理学者ウリ・サイモンソンの調査によると、入学審査では曇りの日には受験者の学業成績により多くの注意が払われ、晴れた日には学業以外の適性により多くの注意が払われるという。この発見を報告した論文のタイトルがふるっている。「曇りの日にはガリ勉がカッコいい」。

このほかに判断のばらつきの原因になるものとしては、並び順が挙げられる。あるケースで判断を下すとき、直前の判断が暗黙のうちに参照されている。いくつものケースを次々に判断するプロフェッショナル、たとえば裁判官、ローン審査官、バスケットボールの審判などは、前の判断とのバランスをとろうとするものだ。

つまり、合格、合格ときたら次は不合格、続けざまにファウルをとったら次はノーホイッスル、という具合に、ある向きの判断が続いたら、次には反対向きの判断を下す傾向がある。たとえそれが正当化できなくても、である。

これではエラー(および不公平)が生じるのは避けられない。例えばアメリカの難民審査官は、承認を2回続けると次に承認する確率は本来より19%下がるという。となれば住宅ローンを申請した人は、前の2人が断られたら承認されるが、前の2人が承認されたら却下されるということになる。

こうした判断者のふるまいは、心理学用語で「賭博者の錯誤(gambler’s fallacy)」として知られる認知バイアスの表れだ。人間は、同じことが偶然に何度も続く可能性を過小評価しがちなのである。

ダニエル・カーネマン プリンストン大学名誉教授

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Daniel Kahneman

1934年生まれ、認知心理学者。専門は意思決定論および行動経済学。2002年にはノーベル経済学賞を受賞。著書に『ダニエル・カーネマン 心理と経済を語る』、『ファスト&スロー――あなたの意思はどのように決まるか?』(早川書房刊)など。

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