2022年度年金額マイナス改定の裏にある重要課題 マクロ経済スライドの給付調整が再び繰り越し

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キャリーオーバー制は、ないよりあったほうがよく、年金財政の持続可能性を大いに高めることは間違いない。ところが、キャリーオーバーがたまりにたまると、逆にマクロ経済スライドを発動するときの影響が大きくなり、そこで国民の反発を招きかねない。

それならば、キャリーオーバーするのではなく、マクロ経済スライドを毎年度フルに発動して、緩やかに年金額改定を進めて行くほうが、かえって国民の反発が避けられるだろう。

2022年度では、マクロ経済スライド調整率は、前掲のとおりマイナス0.2%だった。もしこれを年金額改定に反映すれば、基礎年金1人分の満額給付額では年約1600円減るに過ぎない。厚生年金の報酬比例部分(1人分)では、平均で年約2200円減るに過ぎない。

他方、2023年度にキャリーオーバーして、そこでマクロ経済スライドを発動するとどうなるか。仮に2023年度単年度のマクロ経済スライド調整率がマイナス0.2%とすると、キャリーオーバー分マイナス0.3%分も合わせてマイナス0.5%年金額改定率を引き下げる。これを年金額に換算すると、基礎年金1人分の満額給付額では年約4000円に相当し、厚生年金の報酬比例部分(1人分)では、平均で年約5500円になる。

このように、キャリーオーバー分もまとめて引き下げると、インパクトは大きいのである。

年金財政の持続可能性を高めるために導入したキャリーオーバー制だが、こうも頻繁に用いられるとなると、いざ発動するときにはその調整率が大きくなってしまい、マクロ経済スライドへの反感を募らせる意味でアダとなりかねない。

名目下限措置撤廃への合意形成が必要

むしろ、マクロ経済スライドを毎年度フルに発動できるように名目下限措置を撤廃したほうがよい。フル発動によって、年金財政の持続可能性がより高まるだけでなく、厚生労働省が試算したように将来の年金給付をより多く維持できる意味で給付水準の世代間格差を是正でき、今の高齢世代が受け取る年金額をより緩やかに調整できて激変を回避できる。

2024年には5年に1度の年金の財政検証が待っている。それに向けた年金制度の改善策の議論が予定されている。その際には、名目下限措置を撤廃してマクロ経済スライドを毎年度フルに発動できるよう、国民的なコンセンサスを醸成することが望まれる。

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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