芥川龍之介が描いた「超ダークな平安時代」の迫力 「羅生門」と「今昔物語」読み比べてわかったこと

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顛末は出典とほぼ同じ。死ぬか盗むかという二者択一に迫られて、下人は生き延びることを選ぶ。老婆の言い訳に背中を押されたかのように、わずかに残っていた良心が消え失せる。しかし、ふとした瞬間、下人の盗品が気になる。

少しでも金になりそうなものを手当たり次第に奪い取る『今昔物語集』の泥棒と異なり、下人は老婆の薄汚い着物だけ剥ぎ取って逃げる。本物の盗人だったら、できる限り多くの品を持ち去るはずだが、彼は何の足しにもならなそうな使い古した着物だけに思いとどまる。『今昔物語集』の男と違う「盗人」になるわけだ。

物語に新しい命を吹き込んだ芥川版

目の前に開いている2冊の本を行き来しつつ、なるほど!と納得する。

芥川先生は古典の小話の骨格をほとんど変えていない。出来事の順番も、登場人物も、結末も出典に沿っているが、それを再現するとともに、描かれている内容に一歩深く踏み込んでいくのだ。

「今昔物語鑑賞」という文章の中で、芥川本人は、自らの執筆動機を次のように説明している。

「尤も『今昔物語』の中の人物は、あらゆる傳説の中の人物のやうに複雜な心理の持ち主ではない。彼等の心理は陰影に乏しい原色ばかり並べてゐる。しかし今日の僕等の心理にも如何に彼等の心理の中に響き合ふ色を持つてゐるであらう。」

芥川は緻密な職人のように、はっきりとした原色に透明感、立体感、奥行きや強弱をつけて、すでに存在している物語の中に新しい命を吹き込む。1つひとつの違いを吟味していくと、それぞれの世界観がより鮮やかに浮かび上がり、その奥底に隠れていた意外なものが表に現れる。

ワインなどのテイスティングをする際に、好きなお酒のタイプがわからない人は、まずいろいろな人気銘柄を飲み比べて、自分の好みに合う味や香りの傾向をつかむといいらしい。そして、辛口や甘口、キレやふくらみの無数のグラデーションなど、さまざまな特徴がわかってきたら、それを手掛かりにしてコントラストを楽しめるようになるそうだ。

文学も同じような「飲み方」をすれば、ワンランク上の大人の嗜みを身につけられるかもしれない。一度にたくさんの文字量に目を通すというより、チビチビと口に含むように味わう。そこにはきっと新たな出会いと不思議な発見が待っているはずだ。

イザベラ・ディオニシオ 翻訳家

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Isabella Dionisio

イタリア出身。大学時代より日本文学に親しみ、2005年に来日。お茶の水女子大学大学院修士課程(比較社会文化学日本語日本文学コース)を修了後、イタリア語・英語翻訳者および翻訳コーディネーターとして活躍中。趣味はごろごろしながら本を読むこと、サルサを踊ること。近著に『悩んでもがいて、作家になった彼女たち』。

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