芥川龍之介が描いた「超ダークな平安時代」の迫力 「羅生門」と「今昔物語」読み比べてわかったこと

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『源氏物語』に比べると知名度も愛好家人口も少し落ちるものの、やはり『今昔物語集』は今もなおそれなりのファン層を誇る。そして、その「野生の美しさに充ち満ちている」超大作に魅了された読者には、芥川龍之介先生のようなVIPもいらっしゃるではないか!

芥川は『今昔物語集』をはじめ、古典文学に出典をあおいだ十数編の短編小説を世に送り出しているが、それらの作品に触れることによって、平安vs近代の読み比べを楽しみながら、実に胸躍る文学的テイスティングを堪能できる。たとえば、文豪の学生時代の産物である『羅生門』。

『今昔物語』と『羅生門』それぞれの出だし

『今昔物語集』の出だしはこんな感じだ。

今は昔、摂津の国の辺りより盗みせむがために、京に上りける男の、日のいまだ暮れざりければ、羅城門の下に立ち隠れて立てりけるに、朱雀の方に人しげく行きければ、人の静まるまでと思ひて、門の下に待ち立てりけるに、山城の方より人どものあまた来たる音のしければ、それに見えじと思ひて、門の上層に、やはらかきつき登りたりけるに、見れば火ほのかにともしたり。
【イザ流圧倒的訳】
今は昔、摂津の国あたりから、盗みを働くために上京してきた男がいた。まだ日が暮れていないので、彼は羅城門に隠れていた。朱雀大通りに人がうようよいて、静かになるまで門の下で待とうと思ったら、南のほうから大勢がやってくる声が聞こえる。見られるとやばいと思って、彼は門の2階によじ登ったが、そのときに微かな明かりが見えた……。

女流文学の代表的な作品とまるで正反対の雰囲気が醸し出されている。死体置き場と化した都の城南の正門を舞台に、最初に出てくるのは、悪事を働こうと決心した男だ。周りには人通りが激しく、やかましい。「もののあはれ」の世界はどこへ消えてしまったのだろうかという感じである。

さて、芥川先生バージョンと比べてみよう。

ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。
広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗の剥げた、大きな円柱に、蟋蟀が一匹とまっている。羅生門が、朱雀大路にある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠や揉烏帽子が、もう二三人はありそうなものである。それが、この男のほかには誰もいない。

ストーリーは同じ場所を背景に動き出すが、出典からは感じとれないメランコニックな空気が漂い、その中からある「下人」の姿がぽつりと現れる。彼は、盗みをするか餓死するかと思い悩み、窮地に追い込まれている。周り一面は静まり返っており、男の頭の中にさまざまな思いが浮かんでは消えている音までが聞こえるほどだ。

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