米国人記者が見た「特攻」と裏にある愛国の危うさ なぜ無駄死にすることが美徳となったのか

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その回天記念館にも私は訪れたことがある。山陽新幹線の徳山駅から歩いて5分ほどの距離にある徳山港へ向かい、大津島の馬島港までフェリーに45分ほど揺られる。港におりて、少し勾配のある道を10分ほど歩くと回天記念館の入り口が見えてくる。回天で命を失った145人全員の名前が刻まれた2つの墓碑が静かにたたずんでいた。

周囲を囲む桜の木々が美しい花を咲かせ、日本庭園風の落ち着いた趣きの風景には心が安らぐようだったが、記念館の前に置かれた真っ黒な回天のレプリカがその雰囲気を消し去った。黒々とした物体の放つ重苦しさと風景の落差があまりにも激しかったことを鮮明に覚えている。

145人という数だけを見れば、戦死者のごく一部だ。しかし、その一人ひとりには家族がいて、恋人がいて、未来があった。その人だけの人生を懸命に生きていた。いびつな愛国がもたらす結末の残酷さを感じた。

館内では、訓練を受けながら出撃することなく終戦を迎えた男性が、語り部を務めていたので、私も話を聞いた。おそらく90歳を超えていた元海軍兵から当時の生々しい話を聞いているうちに、ひとつしかない命を国のために捧げさせるまでに強大化した当時の愛国へ、大きな違和感がまた膨らんだ。

拒否できない命令だったことは明白

日本がリーダーとなってアジアを列強から解放する、というのが後からつけられた戦争の大義だった。アジアを守るための防衛戦を、韓国から台湾、中国、東南アジア、そしてソロモン諸島を含めた南太平洋へと次々と拡大せざるをえない、というものだ。

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戦局がどんどん悪化していった先に、特攻隊という残酷かつ恐ろしい概念が生まれた。

どんなに時代が進んでもだれでも死ぬのは怖い。形のうえでは志願して特攻隊員となった、とされているが、拒否できない命令だったことは明白だ。「国のために」という大号令のもとで、本当の思いを口に出すことは許されなかった。生きてかえれないことを理解したうえで、両親や恋人、恩師、あるいは結婚したばかりの妻へ遺書を書いて出撃。あの真っ黒な魚雷の中に入るときの思いを想像するだけで、息苦しくなった。

国家というのは、国民一人ひとりにここまで残酷なことをさせられるのだ、ということを痛感した。戦時中の日本は、若者に自分が死ぬとわかっていながら敵に突っ込んでいくことをやらせる力があった。そうさせるために、国家が利用した道具が、愛国心であった。

マーティン・ファクラー ジャーナリスト

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Martin Fackler

1966年、アメリカ合衆国アイオワ州生まれ。イリノイ大学でジャーナリズムの修士号を、カリフォルニア大学バークレー校で歴史学の修士号(現代東アジア史専攻)を取得した後、1996年からブルームバーグ、AP通信社で記者として活躍。2005年からニューヨークタイムズ東京支局記者、2009年、支局長に就任する。2015年8月から現職。著書に『フェイクニュース時代を生き抜く データ・リテラシー 』(光文社新書)『吠えない犬 安倍政権7年8カ月とメディア・コントロール』(双葉社)など

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