細田守がネット世界を「肯定」し続ける端的な理由 「竜とそばかすの姫」仮想世界で描く自由と恐怖

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――<U>は自由主義的、脱中央集権的なコミュニティとして描かれています。一方で、自警団を組織するアバターはほかのユーザーの「正体を晒す」権限があって、企業スポンサーがたくさんついている。妙に生々しい設定です。

ほそだ・まもる/1967年生まれ。1991年に東映動画(現・東映アニメーション)入社。アニメーターおよび演出家として活躍後、独立。『時をかける少女』『サマーウォーズ』を監督し、2011年には自身のアニメーションスタジオ「スタジオ地図」を設立。最新作『竜とそばかすの姫』はカンヌ映画祭「カンヌ・プルミエール」部門に選出(撮影:尾形文繁)

ネット世界の創造主は当然人間なのですが、この世界でも人は神様的な存在を求めて、権力を振りかざす人に力が集まってしまう。匿名で自由な空間に権力構造を持ち込み、規制をかける存在の側について収益化を狙う企業、いいイメージがつくと考える企業も当然いるだろう。

そもそも、ネットが匿名性による自由に守られていると考えること自体、ユーザーの幻想でしかない。いくらユーザーがプライバシー設定を行っても、運営主体によって個人は特定され、情報は吸い上げられていく。結果、「グーグルのほうが自分よりずっと趣味嗜好を知っている」といったことが起こる。

本当は匿名性など存在しないのに、それでも自分が自由で快適だと思わせてくれる。そのようにサービスしているのがインターネットだ、といったらシニカルすぎるでしょうか。

――「匿名性による自由」という運営側が用意した幻想を、われわれは消費している、と。

その通りです。お題目として匿名性をうたったネット上のサービスだって、僕らが承認ボタンを押しさえすれば、運営側はいろいろなビジネスを展開することが可能になる。

こうしてインターネットが人間の自由や幸せに深く関与する時代になった今、僕らの子どもたちの世代が感じる自由や幸せというのは、20世紀生まれの人間とは変わってくるかもしれない。その中で、子どもたちには強く生きていってほしい。それが映画に僕が込めた思いです。

その証拠に、本作では主人公のアバター「ベル」を、単なる主人公の逃避先としては描いていない。ベルを通じて生身の人間としての主人公が成長し、強くなっていく。

子どもに対してどのようにこの世界を語るか

――細田監督の作品では、一貫してネットがポジティブな存在として描かれています。過度にネットが発達した社会をディストピアとして描く作品が無数にある中で、なぜ肯定するのでしょう。

理由は明確で、子どもを主人公にしているからだ。僕は東映動画(現・東映アニメーション)の出身で、子ども向けアニメに複数携ってきた。だから、子どもや若者の成長に一貫して関心があるし、子どもに夢を与えることがアニメーションの意義だと考えている。

重視しているのは、子どもに対して大人がどのようにこの世界を語るか。子どもたちが明日も頑張って生きていこうと思えるような映画を作る社会的使命がある。これが、監督として自由度の高い作品を作りたいという欲求よりも上位に来ている。だから、ネットも子どもたちの未来にとって肯定的なものとして描く。

今は動画配信サービスが普及したことにより、国境や年齢を超えて幅広い人がアニメを見るようなった。それに伴い、視聴環境の変化に適応した作品が出てきたり、アニメ市場が投機的になりつつもある。

その中でも、僕は映画の本質的な価値を愚直に追求していきたい。見てくれた人が、自分の人生にとって何かの価値があったと感じるような……。これから作品にどんなテーマを選んだとしても、それだけは忘れずにこだわっていきたい。

印南 志帆 東洋経済 記者

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いんなみ しほ / Shiho Innami

早稲田大学大学院卒業後、東洋経済新報社に入社。流通・小売業界の担当記者、東洋経済オンライン編集部、電機、ゲーム業界担当記者などを経て、現在は『週刊東洋経済』や東洋経済オンラインの編集を担当。過去に手がけた特集に「会社とジェンダー」「ソニー 掛け算の経営」「EV産業革命」などがある。保育・介護業界の担当記者。大学時代に日本古代史を研究していたことから歴史は大好物。1児の親。

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