「陰謀論者による階級闘争」が変えた弱者の定義 「グラン・トリノ」から「ノマドランド」への変遷

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彼らには啓蒙による批判は無意味だ。啓蒙そのものが、私たちを支配する秩序の一部だと彼らは信じているからだ。だとすれば、彼らの根底の不安を共有しながら、内部から彼らの論理を切り崩していくしかない。そして、この被害者意識に働きかけることができるのは本来は左翼なのである。

だから、スティーブ・バノンはトランプに勝てる存在は社会主義者のバーニー・サンダースだというのだ。

日本ではどうだろうか。左翼はむしろ権威である。トマ・ピケティは「欧米の左派政党は庶民ではなく、もはや高学歴者のための政党となった」という。これはおそらく日本でもそうだろう。

来るべき革命の主体は組織化された工場労働者というようなイメージがあったと思しきマルクスは、工場労働者よりも貧しくアナーキーでもある非定型労働者をルンペン・プロレタリアートと呼んで小馬鹿にするばかりか、結局思想を持たないために打算でブルジョア側につくとみなして敵認定した。その昔、竹中労という人は、これと中国のルンペン・プロレタリアートの反乱といえる太平天国の乱に対するマルクスの不理解が原因で「マルクスを見限った」と言いきった。

『武器としての「資本論」』にあるとおり、工場労働者がむしろ労働貴族と呼ばれる存在になることすらある現在、これについては個人的に竹中に軍配をあげたい。革命家としてのマルクスの現在性は取り扱い注意であると思う。本書で宇野弘蔵がマルクスの革命のアジテーションには要注意としているとおりである。

マルクスがよみがえる日はあるのか

ある起業家の人気ユーチューバーがこんなことを言っていた。「マルクスなどいらない。再分配はマルクスに学ばなくても考えられるし、テクノロジーの進歩でそれを解決する云々」。こういう発言には、マルクスは、上から目線の知的階級の思想遊びにすぎないという声が裏側にある。失敗したのは明らかなのに、なぜに固執しているのか、と。勇ましい発言ではあるが、おおよそ若い世代ではこれがベーシックな考え方だろう。

一方で、Qアノン陰謀論は世界でも日本は一大勢力となっており、もはや共和党をジャックしたともいえるほどの勢力となってしまっているアメリカでも注目されているほどだ。そして、むしろ「マルクスなどいらない」や陰謀論者のほうが、むしろ下からの声のような気がしてならない。いや、もしかすると「帝国」にゲリラ戦を展開する、ネグリ=ハートのいう「マルチチュード」というのは彼らなのかもしれない。

そんな日本でマルクスがよみがえる日はあるのだろうか。資本主義とグローバリズムが暴走する社会に「いったいどうしたらいいかわからない」人たちに、そのまま資本論という「マルクス棒」を与えても持て余してしまうだけだろう。どうやってマルクスをアップデートするかという課題を克服してこそマルクスなのだろう。

武器としての「資本論」』を読むだろう人たち、とりわけ若い人たちにはそれを期待するし、著者もそれを望んでいると思う。

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