「陰謀論者による階級闘争」が変えた弱者の定義 「グラン・トリノ」から「ノマドランド」への変遷

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安田浩一は「在日特権を許さない会」を取材したルポルタージュの『ネットと愛国』のなかで、日本のネット右翼が自らの活動を「階級闘争」といっていることに驚愕している。本稿の趣旨から外れるために割愛するが、おそらく日本とアメリカの匿名掲示板をはじめとするネットカルチャーは、日本が10年くらい先を行っているのではないかと思わせる例である。ネット右翼は匿名掲示板が培養したといっていい。日米ともに、匿名掲示板をきっかけに弱者の定義が裏返ったのだ。

Qアノンといわれる陰謀論を信じた人たちの信念の根底にはこれと同じものがある。

彼らの主張は荒唐無稽でありながら、迫真のリアリティー(もどき)を兼ね備えている。その世界を理解しようと足に踏み入れるには泥まみれになる覚悟が必要だ。しかし、その腐って淀んだ奇妙な物語に共通するのは、世界は誰かが私の知らないところで動かしており、そこには資本家と国家が癒着して私たちや哀れな子どもたちを迫害したり、さまざまな悪事を働いているというパラノイアだ。

そこには古典的な陰謀論からおなじみの、ロス・チャイルド家やユダヤ人が登場するが、よくよく考えてみると、それは金融資本を擬人化したものとみなすことができる。

サウジアラビア王族のサウド家やCIAや民主党や国連がそこでは、日々悪の陰謀を企ているのだが、それは擬人化され悪魔化された国際金融資本とグローバリズムのことではないのか。

レーニンが『帝国主義論』で書いたように、金融資本が経済のみならず政治も社会も支配していく姿を、極めて俗悪で戯画化されてはいるが相似形として描いているだけなのではないか。「私たちはシステムから疎外されている」という不安が、奇妙で偏執的なファンタジーを生み出しているだけなのではないか。私にはそう思えてしかたないのである。

啓蒙による批判は届かない

例えば本書『武器としての「資本論」』で白井聡は「資本制社会は『誰かが悪い奴だから』というような人格的な面にあるわけではない」という。だから構造的にみる必要があるということだ。その構造は本来は厳密に抽象化したり、実証的な手続きで見いだすべきものだ。しかし陰謀論は、その構造を見いだすまえに人格的な主体を見つけてしまう。

こうして、資本主義の構造そのものを、あるグローバルエリートや秘密結社の暗躍として結論づけてしまう陰謀論者が現れる。

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