「陰謀論者による階級闘争」が変えた弱者の定義 「グラン・トリノ」から「ノマドランド」への変遷

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バノンのいうアメリカの敗北者とは2つある。

ひとつは新自由主義とグローバリズムに決して恩恵を受けることがなかった白人労働者のことだ。いわゆる「ラストベルト」と言われる、海外に生産が移転して空洞化した第2次産業の労働者群。彼らはさらには国内に流入する移民たちに仕事を奪われていった。

「ポスト・フォーディズム」へと時代が変わっていくなかで、「普通に働いていれば大丈夫だという時代は終わった」(『武器としての「資本論」』より)ということに気づかなかった、または気づいていてもどうしようなかった人々だ。

『グラン・トリノ』から『ノマドランド』へ

フォードの工場に50年勤めて引退し、デトロイトの郊外で余生を過ごす元労働者の老人が主人公の映画『グラン・トリノ』(監督:クリント・イーストウッド)の舞台は、まさにそういう場所だった。町はヒスパニックとアジア系の移民だらけ。2008年のこの映画では、主人公の息子は日本車のセールスマンだが、この映画の続編がつくられるとしたら、主人公の孫はアマゾンで有期契約で働きながらTikTokで韓国人アーティストの動画でも見ていることにでもなるのだろう。

『グラン・トリノ』の主人公は時代に取り残された自分自身に決着をつけて、アメリカとは何かというようなメッセージを残していくように消えていく。これが深刻化すると、2020年公開でヴェネツィア映画祭ほか、世界の映画賞を総なめにし、先日はアカデミー作品賞までをも受賞した『ノマドランド』の車上生活者というところまでたどり着くことになる。

この2つの映画はともに、なんとか倫理的に自らの自己責任で決着をつけようと踏ん張る人たちの物語だ。その点、なんともアメリカらしいともいえる。だが、それに耐えきれない人たちは何かを訴えようとする。ドナルド・トランプに破壊者の役割を見たのはそうした人たちだった。スティーブ・バノンが、トランプに勝てるとしたら、それはバーニー・サンダースだと喝破したのはこのことを指す。

ひと握りの資本家と国家が癒着して企まれたグローバリズムに、自分たちが包摂されていく。彼らは儲けるだろうが、これらは日に日に生計は厳しくなるばかりか、職も追われるかもしれない。これは今のアメリカがおかしいからだ。そうした問題意識は、実はアメリカの左派とほぼ同じものだ。

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