「陰謀論者による階級闘争」が変えた弱者の定義 「グラン・トリノ」から「ノマドランド」への変遷

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バーニー・サンダースは自らが左派であることを隠すことはなかったが、トランプ支持者の反グローバリズムや金融資本批判は本来ここに共鳴するはずだ。そしてアメリカの最大の問題はここにあるのだと、バノンは着目していた。ここには確かに持てる者と持たざる者の階級闘争がある。こうして民主党と共和党を問わず、アメリカのエリートとエスタブリッシュメントに対する、いわば民衆の蜂起が、ドナルド・トランプの勝利の原動力となった。

匿名掲示板が変えた「弱者」の定義

そしてバノンが巧妙なのは、これを偏狭な排外主義と合流させたことだ。自分たちをないがしろにしているという疎外感を軸として、ほかのアジェンダを、トランプの詐術的存在と破壊的な詭弁で矛盾なく並列させた。

「人種やジェンダーなどの問題はわからないでもないが、アイデンティティポリティクスよりもアメリカには重要なことがあるのではないか」という問いは、やがて弱者の定義を塗り替えることになる。グローバリズムやボリティカル・コレクトネスが席巻するこの世界で、忘れられた私たちこそ弱者であるという反転だ。

そして、もうひとつの敗北がアジェンダ化される。古きよきアメリカの物語を奪われた人たちだ。1960年代以降、アメリカが自由と民主のバランスは大きく左にシフトしてしまった。「正義」はリベラルに独占されているのではないか。そんなもうひとつの疎外意識が大きくクローズアップされる。

ネットの「4ch」のような匿名掲示板では、「ノーミー(勝ち組の一般人)」と「ナード(負け組のオタク)」の戦いがクローズアップされていた時期でもある。ネットでとどろく匿名のナードたちは「失うものは鉄鎖以外なにもない」とでも言うまであと一歩である。

しかし、その代わりにセレブや女性をターゲットにしたネット攻撃が宣言され、これが過激化すると「ノーミーを殺す」と無差別銃撃事件がおきた。

ネットの負け組の私たちこそが弱者なのである、と彼らは高らかに宣言する。こうした負け組が、既存のリベラルの正義に反乱を起こしていく過程で、根っからの差別主義者までもが合流して「オルタナ右翼」が生み出されたのである。彼らはトランプ支持者のコア層となった。

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