10年前の「反復」がもたらした日本のコロナ危機 「中止だ中止」と言えない主権者と無責任の体系
破滅の淵を想起する
本書が店頭に並ぶ頃、あの3.11からちょうど10回目の春を私たちは迎える。この10年は、私個人にとっても、日本という国にとっても激動の歳月であった。本来政治思想史の研究者である私は、3.11をきっかけとして『永続敗戦論――戦後日本の核心』(2013年、太田出版/2016年に講談社+α文庫に収録)を書き、それ以降、現代日本政治に関する時事的な発言に踏み込むことになった。
それは、研究者・文筆家として思いがけない成り行きであったが、私を駆り立てたのは、「何とかしてこの国の崩壊を止めなければならない」という思いだった。
10年前、日本を襲ったのは、文字どおりの激震だった。巨大津波による被害だけでも筆舌に尽くしがたいものがあるが、経験したことのない種類の惨禍をもたらしたのは福島第一原子力発電所の過酷事故だった。
当時の不安な気持ちを思い起こすだけでも胸苦しさすら感じるが、それでもやはり振り返っておくべきだろう。私たちが東日本壊滅という事態を避けることができたのは、ひとえに《運がよかった》からであった。
多くの危険きわまる事象のうち最も危険であったのは、4号機の核燃料プールの件だった。そこには1331体の使用済み核燃料が納められ、うち548体はつい4カ月前に原子炉内から引き抜かれたばかりの、高温の崩壊熱を放つものだった。そのプールに注水できなくなった。注水できなければ当然、プールのなかの水は核燃料の崩壊熱によって蒸発し、燃料がむき出しになる。アメリカは懸念を深め、原子力規制委員会のグレゴリー・ヤツコ委員長は「プールの水は空だ」と発言した。
使用済み核燃料は、劇物中の劇物である。もしそれがむき出しの裸の状態で置かれていたら、周りの人間は即死するほどの高線量を放つ。ゆえに、4号機の核燃料プールの水が空になり、むき出しになった使用済み核燃料が溶け出すということは、誰も福島第一原発に近づけなくなるということ、したがって、メルトダウンの事故処理も全くできなくなること、を意味した。
だから、当時の菅直人政権は、最悪のシナリオとして、首都圏を含む東日本全体の壊滅を想定したというが、それは何ら大袈裟なものではなかった。この事態は、東日本壊滅というよりも、日本壊滅と考えたほうが適切であろう。また、日本にとどまらず、世界全体の自然環境に対する影響の観点からすれば、文明の終焉すらもたらしかねない事態だった。
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