実録!「連帯保証人」になってわかったMMTの本質 会社を畳んで考えた「貨幣とは負債である」
このたび邦訳された、同理論の第一人者L・ランダル・レイ氏(バード大学教授)による著書『MMT現代貨幣理論入門』と、プロサッカー選手の本田圭佑氏も読んでいたことで近年話題となった、文化人類学者デヴィッド・グレーバー氏の名著『負債論 貨幣と暴力の5000年』に共通性を見いだす平川克美氏が、実体験を交えながらMMTの本質を解き明かす。
貨幣論のない経済学
不思議に思っていたことがある。
経済学の文献を渉猟していると、市場の動向と金融政策に関する詳細な分析はあるのだが、貨幣論が見当たらないのだ。
私は経済学に関してはまったくの素人だが、貨幣、負債、信用については長い間考えてきた。20代で起業して以来、ずっと負債を抱えながら事業を続けてきたから、こうしたテーマは身近で、生々しいのである。
そのうえで言うのだが、経済とは、私にとっては、貨幣現象であり貨幣論抜きには語りえないものであった。
私は貨幣に関する知見を、経済学からではなく、経営の現場や複式簿記から学んできた。そして貨幣論に関する知見は主に文化人類学の書籍の中に見いだすことになった。
人類学のフィールドワークは、貨幣交換の先駆的形態としての物々交換社会など存在していないことや、部族社会における贈与、蕩尽、ポトラッチ(贈答交換)、沈黙交易、クラ交易(儀礼的交換)といった習俗の中にすでに前貨幣的な経済が息づいていたことを報告している。
そして喜捨、お中元、お歳暮といった贈答の習慣からバレンタインデーのチョコレートに至るまで、この世界には等価交換とは異なる交換が今でも生き続けている。
貨幣は、等価交換を促進する万能の商品であり、貨幣こそが経済を発展させてきたという伝統的な考え方には、根本的な錯誤がある。
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