実録!「連帯保証人」になってわかったMMTの本質 会社を畳んで考えた「貨幣とは負債である」
私は、「貨幣とは負債である」という考え方をデヴィッド・グレーバーの『負債論』で知り、これこそ、現代の貨幣を最も明快に語っていると膝を打った。貨幣はモノや商品である以前に、負債関係の尺度なのだ。
私は、そのときはまだMMTについてほとんど知識がなく、その理論も知らなかったが、今読み返してみれば、グレーバーの貨幣論の背景にはMMTがあったのは明らかである。
さて、「貨幣とは負債」だとするならば、誰でも貨幣を作れることになるではないか。
そんなバカなことがあるかという反論があるかもしれない。貨幣が負債だとしても、負債が貨幣というわけではない。負債が貨幣として機能するためには、その負債が第三者に譲渡できなければならない。
つまり、譲渡可能な負債だけが貨幣として機能する。第三者は、譲渡された負債である「借用書」をしかるべき機関に持ち込めば、いつでも現金に換えることが可能になる。
国家で流通する貨幣の場合、この譲渡可能性は何によって担保されるのか。ここが難問だった。
MMTはこれに対してすばらしいアイデアを提供する。国家は自ら発行した貨幣を、徴税の手段として受領することで、この譲渡可能性を保証したというのである。納税の義務というが、国民国家が成立して以後、税は国家に対する国民の負債の返済になったのだ。国家が受け入れる借用書(=貨幣)こそ、最も信用に足る貨幣であるのは誰でも納得できる。
この貨幣論は、魅力的であるだけでなく、私たちの経験とも相入れる。実際、取りっぱぐれのない負債でなければ、誰も受け取らない。
グレーバーは『負債論』の中で、1694年のイングランド銀行の創設の歴史は「それ以前の貨幣形態の[反転した]鏡像だった」と書いている。イングランド銀行は、対仏戦争の戦費になったウイリアム3世の借金を引き受ける代わりに、銀行券の独占的発行を許可されたのである。これがヨーロッパ発の国家紙幣に発展していったのだ。
MMTの「貨幣論」
そもそもMMTの貨幣論とは、どういうものなのか。
MMT以前の貨幣論の典型はおよそ3つあった。
1つは、貨幣それ自体が1つの価値のある商品というものであり、貨幣とは金や銀と同等の金属であり、硬貨は金や銀の一定量を内包していた。紙幣もニクソンショックの1971年まではいつでも等価の金と交換可能な証文だった。これが商品貨幣論(金属貨幣論)である。
2つ目は、貨幣とは国家権力が発行する価値の担い手であるというもので、国定貨幣論と呼ばれるものである。
3つ目の貨幣論は、金との兌換性を失った不換紙幣以後の貨幣を説明するもので、貨幣とは国家がその価値を認めたものでもなければ、それ自体に価値が内在しているものでもなく、貨幣が貨幣として流通しうる理由は、それが貨幣として流通しているからだという循環論法のうちにあるという信用貨幣論だった。
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