10年前の「反復」がもたらした日本のコロナ危機

「中止だ中止」と言えない主権者と無責任の体系

そして、結局のところ新型コロナを制圧できるのは、行動抑制である。この政策の困難は、必要となる補償の大きさもあるが、それ以上の本質的困難は、国民の政府への信頼が必要であることにあり、まさにこれこそが、現在の日本政府が日々刻々と失い続けているものである。また、これまでの無為無策・無能に鑑みれば何ら驚くべきことではなく当然のことだが、切り札の期待がかかるワクチンの供給・接種も到底速やかにはいきそうにない。

かくして、いまや諸国の新型コロナ対策ははっきりと明暗が分かれつつあり、対策が奏功した国々では、日常生活が通常の状態に近いものに戻りつつあり、経済停滞も回復しつつある。そのなかで、日本の状況はアジア太平洋地域で最低の水準にある。本格的なコロナ対策の体制がいまだ構築されていないことはすでに述べた通りだが、しかもアクセルとブレーキを同時に踏むような政策を延々と続け、その誤りを認める気配さえない。このままでは、近い将来、世界の多くの国と地域がコロナ危機から脱するなかで、日本は脱出できないという状況すら想定できるだろう。

そうした情けない立ち位置、嘆かわしい状況は、まさに日本社会の質が招き寄せたものにほかならない。

例えば、ここ10年ほどのあいだ顕著になった、日本社会の反知性主義的傾向は、新型コロナ対策の失敗においても如実に現れている。専門知の軽視、優れた専門家ではなく、政治に阿る専門家の登用、検査抑制をめぐる議論では、「権威主義的性格」の持ち主が一見もっともらしい「知識」をひけらかして世論を混乱させたその悪影響は甚大なものだった。これらすべては、莫大な予算が投じられた「対策」を無効化し、本来避けられたはずの犠牲を増やし続けている。

しかしながら、それはやはり不可避でもあったのだ。われわれは、あの10年前の破滅の淵から何も学ばなかったことの結果を引き受けさせられているのにすぎないのだから。

『主権者のいない国』の構成

本書『主権者のいない国』は、「統治の崩壊」と言うべき段階にまで陥った日本の政治、そしてそれを必然化した日本社会について、折に触れて私が書いた分析・考察の文章をまとめたものである。2013年の『永続敗戦論』以来、『「戦後」の墓碑銘』(2015年、金曜日/増補版が2018年、角川文庫ソフィア)、『戦後政治を終わらせる――永続敗戦の、その先へ』(2016年、NHK出版新書)、『国体論――菊と星条旗』(2018年、集英社新書)などを世に問うて、危機の分析を続けてきた。本書はその最新版である。

第1章には、昨年9月に退陣した第2次安倍晋三政権とその後継たる菅義偉政権に関する論考を集めた。『永続敗戦論』と『国体論』で分析してきたように、2012年の総選挙以来継続してきた自公連立長期政権は、日本の「戦後」という時代がその土台喪失にもかかわらず無理矢理に維持されてきた、その矛盾の爆発的な露呈の表現であり産物である。本章では、その矛盾の本質を提示し、矛盾がいよいよその最終的な自己破壊の過程に入り込んでいる様を分析する。

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