横浜高島屋に「地元のパン」大量に並ぶ深い理由 横浜発「パンのセレクトショップ」の壮大な狙い

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矢野氏は笠間氏に「辞めちゃダメだよ」と励まし続け、催事ではトレフールのパンを扱った。「うちの日商は平均5万円ほどなのに、矢野さんは1日で10万円、15万円もパンを売ってくれる。催事に出す日は通常営業を休んで、ひたすら焼いて持っていってもらいました」と笠間氏は振り返る。

今ではトレフールのパンも、横浜高島屋のベーカーズドックに並び、順調に売れている。笠間氏はこれを機に職人をもう1人増やし、今年中には正社員にしたいと目論んでいる。

カナガワベーカーズドックに並ぶトレフールのパン(写真:編集部撮影)

ベーカーズドックはまた、出店する店の集客にもつながっている。各パンの包装にQRコードを付けたことで、パンを買った客が店や原料などの情報を得られるようになっているからだ。その結果、横浜高島屋でパンを買って気に入った客が、店に訪れ買い込む姿が再三目撃されている。「高島屋で買っておいしかったから」と店員に告げる客もいるという。

パン業界の労働問題に一石を投じた

百貨店のパンのセレクトショップ第1号は、大阪・梅田の阪神百貨店本店で2018年6月に開業した「パンワールド」である。阪神百貨店が企画営業し、大阪を中心に人気パン屋のパンを交替で並べ、盛況を博している。

【2021年4月3日19時10分追記】初出時、パンのセレクトショップの出店状況に間違いがありました。お詫びして訂正いたします

カナガワベーカーズドックでパンを買った客が、店舗を訪れることも少なくないという(撮影:大澤 誠)

首都圏では、ハットコネクトのようなパンのセレクトショップはまだ目立つ存在ではない。社会的起業ならではのビジネスモデルを構築した、同社に続く企業が生まれるのは難しいかもしれない。何しろ、パン屋自体が薄利多売ビジネスである。私はこれまで大手から中小まで、さまざまなパン屋を取材したが、経営者たちは口をそろえて「儲けることだけが目的ならできない」と語る。

労働時間短縮を求める時代に合わせて、各店・企業が道を模索中だが、朝焼いて夜まで売るという業態ゆえ長時間労働はつきもの。そうしたことから、近年は労働者不足や後継者難に悩むパン屋も多くなっていたが、そこへハットコネクトが一石を投じたのである。

中島氏は36歳、矢野氏は37歳。30代が始めたパン屋の幸せを目指すビジネスは、客にとっても利益がある。期間限定のイベントにスケジュールを合わせなくても、いつでも都心で多くのパンから好きなものを選べる、そして気に入った店には足を運べる。そういうビジネスが発展できるのは、ブームのおかげでパンに注目が集まったからともいえる。働く人が幸せになる方法を探る、時代に合った新しいビジネスの今後を見守りたい。

阿古 真理 作家・生活史研究家

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あこ まり / Mari Aco

1968年兵庫県生まれ。神戸女学院大学文学部卒業。女性の生き方や家族、食、暮らしをテーマに、ルポを執筆。著書に『『平成・令和 食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)』『日本外食全史』(亜紀書房)『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた』(幻冬舎)など。

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