10月、11月は、夏で3年生が引退し、新チームに切り替わる時期だ。秋季府県大会が終われば、公式戦は春までない。どうしても選手は緩んでしまいがちになるが、真剣勝負のリーグ戦を経験することで心身ともにたくましくなる。ひと冬を越してからの成長度が違うという。
新潟明訓高校の教頭で、野球部監督を務める島田修氏は、新潟県高野連の専務理事、新潟青少年野球団体協議会プロジェクトリーダーなどの要職を歴任し、昨年の新潟県高野連の「球数制限」導入でも主導的な役割を果たしてきた。島田氏は、Liga Futura導入の経緯をこう語る。
「高校に限ったことではありませんが、全国大会に出場するような有力チームの中には、勝つための偏った戦術やきついヤジなど、『勝利至上主義』の弊害を感じさせてしまうところがあります。そういった場面を見るたびに、何とかいい方向に向かうといいなあと思っていました。
だから阪長君から話をいただいたときに、やってみようと思いました。時間が許せば、本来スポーツはトーナメントよりリーグ戦で行った方がよりよい効果が得られるのではないかと思います。それに阪長君の言う『リーグ戦は人生に似ている』という考えには共感できます。勝ったり負けたりしますが、1度負けてもやり直しがききます。
Liga Futuraは、飛ばないバットを採用したり、球数制限を導入したりうまい具合に考えられているので、積極的なプレーがどんどんできるようになっています。それに普段なかなか練習試合をする機会がない高校と交流できることもいいですね」
「甲子園」のアンチテーゼ
甲子園の高校野球は、一戦必勝のトーナメントでエースが腕も折れよと投げる野球であり「球数制限」とは相いれない。レギュラー選手だけが試合に出続けるエリート主義で、指導者は「勝利至上主義」が原則であり、選手は「刻苦勉励」を求められる。
Liga Futuraは、そんな「甲子園」の正反対を行くアンチテーゼだといえる。「高校球児15万人」と言われてきたが、昨年、32年ぶりに硬式野球部員が13万人台になるなど、高校レベルでも「野球離れ」が進行する中で、Liga Futuraは文字通り「未来の野球」の可能性を指し示しているのではないか。
他地方でもLiga Futuraを立ち上げようという動きも出始めた。
この底抜けの明るさの中に「野球の未来」を見た気がした。
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