東大卒のプロ野球選手が戦力外の末に得た夢

教員・松家卓弘は人を育て地元に貢献する

「究極の文武両道」右腕。つねにその肩書がついて回る(写真:Keishi / PIXTA)
「戦力外通告」――。プロ野球という華やかな世界に入った天才たちに訪れる、残酷な瞬間だ。厳しい現実をとまどいながらも受け入れ、第二の人生を歩く。
「29歳でプロ野球去った男が10年修業で得た力」(1月26日配信)に続いて、自身も横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)で活躍しながらも、戦力外宣告を受けてプロ野球界を去った高森勇旗氏が25人の元プロ野球選手のセカンドライフを追った著書、『俺たちの「戦力外通告」』から一部を加筆・修整して抜粋する。

指定校推薦で慶應義塾大学に進もうとしていた夏

「プロに行く勇気がないなら、勉強せえ。勉強から逃げるな」

甲子園を懸けて戦った2000年夏の県大会は3回戦で敗れた。香川県随一の進学校である高松高校にいながら、プロからも注目される松家卓弘は、指定校推薦で慶應義塾大学に進もうと考えていた。そんな松家に、当時の副担任が檄を飛ばしたのだ。松家は東京大学一本に進路を絞った。

これまでの高校生活のほとんどを野球に費やしてきた松家にとって、それは無謀なチャレンジに思えた。模試の判定は最低評価のE判定、東大への挑戦が始まった。

「解けない問題を集め続け、ひたすら足りていないところを満たすことに集中した」

敗退翌日から一切ボールに触れることはなかったという。松家は見事、東京大学文科二類に現役で合格した。

大学卒業後はプロ野球選手になると決めていた。しかし、現実は容赦なく夢の上に覆い被さった。

「ずっと、"勝つ"という思いをもって野球をしてきたし、それが普通だと思っていた。でも、東大野球部は必ずしも全員が勝つことを目的としている組織ではなかった」

東大野球部で、松家のような選手は異例だった。負けるのが当たり前の組織で、勝つ意思を前面に出す松家はチームの中で浮いた存在となった。募る不満はあふれ、ついに1年生の松家は4年生のキャプテンに辞めることを告げに行った。

「辞めるのは勝手だが、今辞めたらただの負け犬だぞ」

文句ばかりで、行動も結果も伴っていない自分に気づかされた。それでも東大が勝つことは簡単ではなかった。

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