34歳でプロ野球を去る男が面した挫折と復活 一度は「戦力外」も味わった八木智哉の半生
「いやー、未練しかないですよ…プロ野球選手になった時に、35歳まではやりたいと思っていたんですけどね。あと1年……惜しかったなぁ」
そう言って、男は少しだけ寂しそうに笑った。
八木智哉投手、34歳。2006年にパ・リーグの新人王を獲得した男は、今年ユニフォームを脱ぐことを決断した。しかし、その寂しそうな笑顔には、確固たる強い想いが潜んでいるようにも見えた。その理由が知りたい。そう思わずにはいられなかった。
野球にすべてを捧げてきた人生
小さい頃から、野球だけだった。
中学時代に全国大会に出場し、高校3年の夏には甲子園の土を踏んだ。そして、大学4年の時、全日本大学野球選手権大会で49奪三振の大会記録を樹立。この記録は、いまだ誰にも破られていない。多くの野球少年と同じように、八木は、プロ野球選手になることを夢として描いてきた。
そして、希望入団枠で北海道日本ハムファイターズへ。契約金1億円、推定年俸1500万円と最高の評価での入団だった。
「開幕一軍入りし、新人王をとれるようになりたい」。八木のその言葉は現実のものとなった。プロ1年目でいきなり12勝をマークする。
ダルビッシュ有らとともに先発の柱として活躍し、リーグ優勝に貢献した。続く日本シリーズでは、第二戦に登板して白星をあげ、日本一の立役者の一人となった。パ・リーグ新人王にも輝き、その年のオフには大学時代から交際していた知佳さんと結婚。八木の未来は、一点の曇りもなく、明るく輝いているように思えた。