入来祐作、プロ野球「戦力外」後の挫折と転身

あぐらをかいていた男は裏方に回り悟った

入来祐作。現在は福岡ソフトバンクホークスのコーチを務める
今年も多くの選手がプロ野球界を去った。「戦力外通告」のわずか一言で、一瞬にして職を失う。そんな選手たちの野球人生最後の時をドキュメンタリーで描いてきたTBSテレビ「プロ野球戦力外通告~クビを宣告された男たち」が、今夜(12月30日)10時から通算13回目の放送を迎える。
今年は本編にかかわるサイドストーリーを2回(「プロ野球『戦力外』あの松坂世代に訪れた現実」「26歳でプロ野球『戦力外』の男がつかんだ奇跡」)にわたって東洋経済オンラインで配信してきたが、本編放送直前の特別企画として、現在は福岡ソフトバンクホークスのコーチを務める入来祐作氏の挫折と転身を追う。

 

入来祐作が厳しい現実を突き付けられたのは2008年のシーズン終了後。テスト入団で入った横浜ベイスターズを1年で戦力外になり、引退後の身の振り方を考えていたときだった。

「現役を終えて『うちでスカウトをやらないか』とか、『コーチをやってくれないか』とか、そういうふうに声を掛けていただくことができなかったんです。たしかに私は球団を転々としたので、どこも面倒を見る必要はない。最後の横浜も力になれずに1年間しかプレーしていませんし、戦力外と言われたらそれまでなんです」

1996年のドラフトで本田技研工業(ホンダ)から読売ジャイアンツを逆指名して1位入団。1年目から中継ぎの主戦として57試合に登板し、5年目の2001年にはチーム最多の13勝を挙げた。感情をむき出しにし、気合を前面に押し出した投球で2度の日本一にも貢献した。

引退直後はなんのオファーもなかった

2004年からは北海道日本ハムファイターズでプレーし、2006年には夢を追ってニューヨーク・メッツとメジャー契約。メジャーに昇格は叶わないまま2年間の挑戦は終わりを告げたが、野球への熱い思いが冷めることはなく、テストを受けて横浜入団を勝ち取った。故障もあって期待されたような成績は残せなかったものの、36歳まで現役をまっとうした。

第二の人生も「野球に携わりたい」と考えていた。しかし、引退したらやってみたいと思っていたコーチどころか、なんのオファーもなかった。

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