『人間に格はない』を書いた玄田有史氏(東京大学社会科学研究所教授)に聞く
--石川さんは、この2~3月に最終講義に臨んだ奥野正寛さん、岩井克人さんと同期生です。
三羽ガラスといわれていた3人だが、定年を迎える年になった。石川先生は、この6月が13回忌だ。東大経済学部は最終講義をやらないことになっていたが、さすがに奥野さん、岩井さんはファンが多く、特別にやることになったと聞いている。
--この本は石川先生の学恩に報いる、経済学の最近の風潮へのアンチテーゼ、そして労働経済書の三つの要素が盛り込まれていますね。
学術書としては5年ぶりだ。それだけなら、論文を読んでいただければいいはずだが、解説コラムも作った。もともと自分自身がどういう問題意識を持って着想したのか、何を読者に知ってもらいたかったかを解説した。私の問題意識は先生に強く影響を受けている。自然と先生の思い出を語りつつという形式になっていった。
--ただ、メインメッセージは石川さんの考え方と違いませんか。
これからの雇用システム、労働市場をどう考えていくか。従来、主流に労働の流動化論があって、衰退する部門から成長する部門への移動をできるだけ速やかにしていく、人が動くことによってより経済の成長を促すというものだ。同時に、企業組織から自由な働き方が、もっとできなければいけないと。そのためには資格や技能を標準化していくことが大事だとなる。
私は、21世紀の終わりには日本もそうなっていればいいかなという思いはあるが、今この流動化は難しい。若年も中高年も雇用不安に見舞われ、自分の居場所がない、あるいは立ち位置が揺れている。そんな中で労働の移動を促進しては、かえって不安定性を増してしまう。
むしろ、ある程度安心、安定した居場所の中で正規も非正規も、経験を積んだり、能力を高めたりしていくことで次のステップに進む。移動の促進ではなくて、誰でもある程度安定した働き場所を持てる社会を、今は目指していくべきではないか。