『人間に格はない』を書いた玄田有史氏(東京大学社会科学研究所教授)に聞く
格差が話題になり、品格という言葉がタイトルに付いた本がベストセラーになっている。本書の書名では、当たり前のようにまかり通っている「格」に対して、「人間に格はない」とする。しかも著者によれば、本書は2000年代の労働市場の実態を明らかにする学術書という。
--ユニークなタイトルですね。
このタイトルは、かなり早い段階から自分の中では決めていた。この本のメインの内容はサブタイトルにあるように、激動の2000年代の労働市場を描くこと。キーワードは四つ、格差、無業、非正規雇用、長時間労働。このキーワードで、どういう目線によってまとめるか。
恩師であった石川経夫(経済学者、元東大教授、1998年逝去)ならどうだろうか。私はつねに恩師を意識している。四つのキーワードのうち、特に“格差”のこのところの無節操な使い方にもともと違和感があった。大学院生だった頃、先輩を評して、人格の問題うんぬんと軽口をたたいたとき、石川先生に「人間には、格などない」と言われた。その一言が、私の研究の原点になった。
--もう一つ、経済学の原点である師の言葉も書かれています。
先生の言葉に、「同じような能力と意欲を持つ人々のあいだで、なぜ経済的に恵まれる人とそうでない人が生まれるのか。その実体を把握し、原因を解明することが、経済学を勉強する意味」というのがある。そこを意識しつつ、この本を書いてみようと思った。
--能力にふさわしい待遇なるものを計測できるのですか。
「能力にふさわしい」をどう評価するか。学問的にも実践的にも難しい問題だ。ある意味で不可能ではないかという気もしなくはない。だからこそ、人の能力を正確に測ることには、謙虚に取り組まなければいけない。仮に不可能であっても最大限努力する。自分では限界でも、どこまでわかったかを明らかにして次の世代にバトンタッチしていく。これが学問だ。それも先生の姿勢から学んだ気がする。