スイスのジュネーブにあるその施設を訪れる前、ボクはなぜだかスペイン北部にいた。時差調整という名目で、美味しいものを味わっていたのである。
いよいよジュネーブに発つという朝、ホテルに付属のお土産屋さんで塩やオリーブオイルを物色していると、店を取り仕切る女性に、東洋から食材を買い付けにきたと勘違いされてしまった。誤解を解こうと、この旅の目的地はジュネーブであって、ここに来たのはついでに過ぎないと告げる。
すると、彼女は訳知り顔で「ジュネーブは世界の金融の中心ですものね」などと言う。料理人と間違われるのは名誉だが、金融関係者と思われるのは心外だ。ジュネーブ行きの目的はほかにあると弁明すると、彼女の顔はぱっと輝いた。
「もしかしてあなた、CERNへ行くの?」
驚いた。そしてさもありなんと思った。
CERNとは、欧州合同原子核研究機構、英語でEuropean Organization for Nuclear Research、フランス語でOrganisation Europeenne pour la Recherche Nucleaireの愛称である。よく見ると略してCERNとは言えない。CERNはもともと、Conseil Europeen pour la Recherche Nucleaire、つまり「欧州原子核研究所設立準備理事会」の略で、CERNという名前はこの名残り。理事会が設置されたのは1947年のことだ。
200万人が中継を見守った
CERNで最新の加速器が試運転を始めた2008年9月にはその様子の中継を、ヨーロッパで何と200万人もが見守っていたという。日本中を熱狂させた小惑星探査機「はやぶさ」の帰還の際にネット中継を見ていたのは、約20万人。EUに加盟する国の人口総計が4億人弱と日本のほぼ3倍であることを鑑みても、桁違いの知名度だ。2013年の一般公開日(2日間)では、7万人もの人がCERNを訪れたという。国立競技場や日産スタジアムでのライブ級の動員数だ。
彼女は夫が技術者だと言った。だからCERNを知っていたのかもしれないが、欧州の誇りでもある施設にわざわざ東洋人が足を運ぶことを、心から喜んでいるように見えた。ボクも「取材なんです」と説明しつつ、研究者と間違われたことに気をよくして、ジュネーブへと飛んだ。窓からは、アルプスの山並みがきれいに見えた。
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