「デジタル一辺倒」では雇用が生み出せない理由 「生命関連産業」が「ポスト・コロナ」構想の軸に

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つまり本稿の前半で指摘したように、「デジタル」は突き詰めれば「手段」であって、その内容(コンテンツ)となる産業分野が重要であるわけだが、その主要な領域がまさに今述べている「生命関連産業」なのである。

具体的には、先ほど示した「生命」関連の5つの領域それぞれと「デジタル」の組み合わせがさまざまに考えられる。すなわち、①健康・医療→オンライン診療など、②環境→スマートグリッドなど、③生活・福祉→介護ロボットなど、④農業→スマート農業など、⑤文化→メディアアート等々という具合であり、これらはいずれも今後大いに発展性のあるものといえるだろう。

ただし、ここでもやはり重要なのは、繰り返し言うように「デジタル」はあくまで「手段」であるという基本的な認識である。「目的」あるいは“主”となるのは「生命」を軸とする上記分野の発展であり、それらが人々のニーズを満たしたり“幸福(ウェル・ビーイング)”をもたらしたりするのであって、「デジタル」はそれを支える“ツール”として把握されるべきなのである。

経済構造は変化する

本稿の最後に、多少“挑発的”な物言いになるかもしれないが、次のような点を指摘しておきたい。

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よく、「時価総額の世界ランキング」ということが話題にされ、例えば1990年頃はそのベスト10の大半を日本の企業が占めており――実際、バブル盛んな頃の1989年(平成元年)においては時価総額の世界最上位は①NTT、②日本興業銀行、③住友銀行、④富士銀行、⑤第一銀行となっていた――、しかしそれが現在では、いわゆるGAFAを中心とするITないしデジタル系企業によって占められているということが指摘される。

そうした点を踏まえて、“だからこれからはITやデジタルが経済にとって大事だ”という議論がまことしやかに語られるのである。

しかしこうした議論は、少し考えてみるとかなり「あやしい」のではないだろうか。

つまり、以上の事実によって示されているのは、要するに20~30年の時間軸で経済構造の変化を捉えれば、上位を占めるような産業分野は(想像ができないほど)大きく変化するということなのだ。

ということは、今から例えば20~30年後のこうした「ランキング」において、そのときもなおGAFAが上位を占めているということは、逆にむしろ考えにくいということになるはずではないか。

残念ながら現在の日本において大きく欠落していると私が思うのは、そうした「真に新たな未来」あるいは「中長期的な未来」についての想像力ないし構想力である。

つまり、“今GAFAが上位にいるから、それと同じようなことを(追いかけて)やればよい”といった近視眼的な発想ではなく、むしろ本稿で述べてきたような、「デジタル化」のその先、そして「ポスト情報化」の「生命」の時代を見据えた、独自かつ中長期的な未来ビジョンの創出こそが重要なのだ。

そうした思考様式こそが「イノベーション」というものだろう。20~30年後に経済構造の中心に位置しているような領域は、現在においては極めて“萌芽的”な存在なのである。

本稿では「ポスト・コロナ」時代の展望を、「生命」を軸とする新たな構想として、それを「生命関連産業」ないし「生命経済」という経済社会に関する面と、「情報から生命へ」という科学の基本コンセプトに関する面の二者にそくして論じてきた。

コロナ後の社会についての、ポジティブな視点からの中長期的な構想が今こそ求められているのではないだろうか。

広井 良典 京都大学 人と社会の未来研究院教授

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ひろい よしのり / Yoshinori Hiroi

1961年岡山市生まれ。東京大学・同大学院修士課程修了後、厚生省勤務後、96年より千葉大学法経学部助教授、2003年より同教授。この間マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。2016年より京都大学教授。専攻は公共政策及び科学哲学。限りない拡大・成長の後に展望される「定常型社会=持続可能な福祉社会」を一貫して提唱するとともに、社会保障や環境、都市・地域に関する政策研究から、時間、ケア、死生観等をめぐる哲学的考察まで幅広い活動を行っている。著書に『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書、大佛次郎論壇賞)、『日本の社会保障』(エコノミスト賞受賞、岩波新書)、『人口減少社会のデザイン』(東洋経済新報社)など。

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