「まず失敗せよ」リーダーに必要な2つのこと 「いきなり成功を求める」から、人は育たない
野中:『論語と算盤』というのは、「理想と現実」「利他と利益」の同時追求ということです。「現実の利益追求」を考えるならば失敗は許されないけれど、理想と経営理念は失敗抜きには実現しません。どちらかではなく、両方を進めなければならない。そのことをリーダーがよく認識し、社内でも言い続けるしかないのではないでしょうか。
トヨタに「選択と集中」という言葉はない
遠藤:それに関しては私自身も反省があります。アメリカ流の経営学を学んだ結果、そうした「あれもこれも」ではなくて、「あれかこれか」、つまり「選択と集中」をやるのがいい経営なのだと思い込まされてきた。その思い込みがバブル崩壊後の30年、日本の企業社会を覆っていたと思います。
以前、トヨタの役員の方と議論した際に、「トヨタには『選択と集中』という言葉はない」と聞きました。いったん始めた事業は絶対にやめない。頭を振り絞り真剣に考えて立ち上げたのだから、どんな苦労に直面しようとも、成功するまでやり続けるのだと。まずはやってみて、うまくいかなかったらやめればいい、というアメリカ流と対極の考え方です。
「選択と集中」という言葉を安易に使うようになった日本の経営者たちへの警鐘かもしれません。
野中:成功するまでやり抜くか、失敗しそうになったらすぐに退くか。それは一概にどちらがいいとは言えませんね。
実は、先ほどからお話している戦略には、全体の筋書きとしての「プロット」と、そのプロットを形にするために、社員(メンバー)がどう行動するべきかを明記した「スクリプト」(行動規範)が必要です。「スクリプト」は演劇でいう「脚本」や「台本」のことで、ある特定の文脈や状況において、「こうした場合はこうする」と答えを暗黙的に教えてくれるものです。
遠藤:やり抜くか、退くかは各企業の「スクリプト」によって変わるというわけですね。
野中:そのとおりです。実は、そのトヨタが昨年夏、社員手帳というものを初めて作って全社員に配りました。仕事の日程を書き込むためではなくて、トヨタの企業理念とともに、創業者・豊田佐吉の遺志を形にした「豊田綱領」を現代語訳し、解説つきで掲げています。
「上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を挙ぐべし」で始まる5項目の豊田綱領が、まさにトヨタの「スクリプト」なのです。自動車業界は100年に1度という変革の大波にさらされており、自分たちも変化せざるをえない。そのためには足元をしっかり固める必要があるという危機感からでしょう。