「家政夫ナギサさん」お気楽の陰に見えた切実さ 働く女性に現実の真逆としてリア充が必要な訳

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その他にも、家政夫という職業への注目や、草刈民代ほか脇役陣の奮闘など、『私の家政夫ナギサさん』の成功理由は、色々と指摘できると思う。

ただ個人的に、このドラマを「お気楽」に楽しみながら気がかりだったのは、ドラマの世界が、現実とあまりにも無縁に見えたことだった。憂き世の現実世界とピッタリ粘着した『MIU404』に対して、「お気楽」「リア充」「非現実」な世界が正直、物足りなく見えたのだ(しかし多部未華子の躍動が、このドラマを見続けさせた)。

そんな見方を一変させたのが第7話である。相原メイの生活を異常に気遣う家政夫ナギサさんの過去が明らかになった回である。

(以下、少々ネタバレ)ナギサさんは過去に、相原メイ同様、製薬会社に勤めていたことがあり、そのときの後輩で、非常に前向きな性格のMR・箸尾玲香(松本若菜)が過度な仕事のストレスでメンタルダウン、心療内科通いとなり、そのまま退職したという強烈な経験があったのだ。だからこそ、箸尾と同じような性格の相原のことが、気がかりでしょうがなかったのだ。

この回を見て私は、『私の家政夫ナギサさん』の「お気楽」「リア充」「非現実」な世界が、メンタルダウンに象徴される「現実」と、ついに直結した感じがしたのである。そして、このドラマの人気の背景に、単なる「お気楽」需要を超えた、もっと現実的で切実な女性の本音が潜んでいることに気付いたのである。

キャリアウーマンの幻想、有職女性の強い願い

1986年に「男女雇用機会均等法」が施行され、バブル景気の中、「トレンディドラマ」の中で大手を振って歩くような「キャリアウーマン」が幻想ではなく現実なものとなった、かに見えた。

しかしその後のバブル崩壊、リーマンショック、「失われた30年」の中、特に女性においては非正規雇用が一気に増え、「キャリアウーマン」どころか「OL」までが死語になってしまった。そして、世界経済フォーラム発表、2019年版「ジェンダーギャップ指数(男女格差指数)」は153か国中121位という現実……。

これまでの「お気楽」世界と「現実」を直結させた第7話を見て私は、「この不安で不安定な私の現実は本来、こんなお気楽な世界であってほしいのに……」という有職女性の心の奥底からの本音が、このドラマの人気にドライブをかけていると確信したのだ。

「もっと強く願っていいのだ わたしたちは明石の鯛が食べたいと」は、詩人・茨木のり子の『もっと強く』という詩の冒頭である。この茨木のり子風に言えば「もっと強く願っていいのだ わたしたちは相原メイのように もっと仕事を評価されたいと もっとチヤホヤされたいと そしてスーパー家政夫にすべてを頼みたいと」――。

第7話以降、最終回に向けての盛り上がりには、こんな女性の願いが寄せられている気がしてならない。

スージー鈴木 評論家

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すーじー すずき / Suzie Suzuki

音楽評論家・野球評論家。歌謡曲からテレビドラマ、映画や野球など数多くのコンテンツをカバーする。著書に『イントロの法則80’s』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『1984年の歌謡曲』(イースト・プレス)、『1979年の歌謡曲』『【F】を3本の弦で弾くギター超カンタン奏法』(ともに彩流社)。連載は『週刊ベースボール』「水道橋博士のメルマ旬報」「Re:minder」、東京スポーツなど。

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