ハーバード大学の提言を出した人たちの多くが、文系、あるいは医学系でも検査科学の知識が十分でないようだ。科学的知識を欠くと、論理が感覚的に飛躍するのではないか。アメリカ流の、特にトランプ政権の力でねじ伏せるという発想が反映しているのかもしれない。危機のときには、普段は隠されていた本来の感覚が噴き出してくるのではないか。白人警察官による事実上の黒人暴行殺人事件に対する米国の分断を見るとそう思える。
――日本はノーベル賞の権威に弱いですが、経済学賞受賞者のポール・ローマー教授も提言しているなどを金科玉条にしています。先生もハーバードのご出身ですが、どういう事態になっているのですか。
この件に関してハーバードの知人たちと話したが、ハーバード内にも賛否があるようだ。私も提言の基本骨子は賛成だが、大規模検査については反対で、卒業生として残念に思う。やはり、この数カ月で200万人以上が感染し、10万人以上の死者が出て、検査もトータルで2000万件を超える状況なので、アメリカ全体がパニックになっているようだ。経済系の人たちの主張が強くて、医学関係者も反対できない雰囲気なのではないか。
私は当初日本にもアメリカのCDC(Centers for Disease Control and Prevention、疾病予防管理センター)のような組織が必要だと書いたのだが、アメリカでCDCの専門家たちの意見が通ってない現実を見て、一方でCDCがなくても対処してきた日本を見ると、必ずしもCDCの有無の問題ではないのだと思った。
医療の専門家ではない人たち、あるいは医療の専門家ではあっても、検査の科学をよく知らない人たちが政策を議論しているようだ。そこを改めないといけない。科学的なエビデンスに基づき、かつ、文理学際的に、人権上の問題も含めて公衆衛生学上の合理的意思決定を行うにはどうすればよいのか、それを検討することのほうが先だ。
新型コロナの実効再生産数は1を切っていた
――そもそも第1波での緊急事態宣言の発出は妥当だったとみていますか。
検証するべきだ。専門家の間でどういう議論がなされて、政府はそのプラスの効果とマイナスの効果をどう受け止めて、緊急事態宣言を出したのか。新規陽性者のグラフをもとに、実は宣言の前にピークアウトしていたのではないかとの指摘もある。後付けの議論は行政当局にとっては無理筋の面もあるが、当時の判断がどうだったかは、今後のために、科学的根拠に基づく政策決定の事例として検証しないといけない。
なんといっても、政府による「人の接触を8割減らす」という達成目標は説明不足だったと思う。引用された実効再生産数は、一定の免疫をもつ集団で1人の感染者が他の人にうつすと予想される人数であり、1を切れば感染は収束に向かうとされる。
北大の西浦教授が人の接触を8割減らせば、それが1を切って1カ月で収束すると試算したことが、政府方針の根拠となった。西浦教授はその論拠をYouTube上で説明していたが、政府から示された3月の段階で実効再生産数はすでに1を切っており、その後1を超えることはなかったようだ。緊急事態宣言を出す前から実効再生産数が1未満だったなら、なぜ接触8割削減が必要だったのか、論拠が明確でないと思える。
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