コロナよりも恐ろしく私たちが回避すべきもの

魔女狩りや全体主義を蔓延させてはならない

ロンドンではロックダウン期間中に社会的距離をとらなかったとして警察が人々を拘束した。だが、日本では「常識」のマスクを警察官もしていない。国によって考え方は異なる(写真:REUTERS/Peter Nicholls)

緊急事態宣言がようやく全国的に解除となった。こうした中、気になるのはコロナ禍を恐れるあまり、政府方針に従わない人を誹謗し中傷する「自粛警察」が跋扈するなど、正常な人間同士の社会的関係が失われていることだ。

こうした自粛警察が跋扈する理由は、日本国民の多くが新型コロナウイルスへの恐怖感を募らせているからだろう。

日本は新型コロナにかかわる人口対比の死者数がアメリカや欧州諸国に比べて圧倒的に少ない。ところがこの間、ネット上には「ロックダウンをしていない日本は危ない」「PCR検査が不十分な日本はもう終わった」などという記事があふれた。日本よりもずっと人口対比の死者数を多く出している国の対策と比較して「日本はダメだ」という記事のオンパレードだ。

最近のメディアと読者、国家との関係には危ういものを感じる。国に対してコロナ対策が緩すぎるとして、ロックダウンを求めたり、PCR検査を国民全員に行って陽性者の「隔離」をせよと提案したり、国民を監視する海外の政策を推奨したりすることだ。

権力の乱用を防ぐための政府批判はもちろん活発に行うべきだ。たとえば、税金の無駄遣いと思えるアベノマスク、政権寄りの検察官の定年延長を可能にする検察庁法改正案への批判などだ。しかし、政府に対し極端な私権制限を要請するメディアや一部の学者たちと、それに同調する人々の動きには賛成できず、危険なことだと考えている。

国家総動員法と同じ論理

重要なのは患者の治療であるのに、なぜか検査が国民の一大テーマになってしまったのは、テレビの影響力が大きいようだ。コメンテーターがコロナ危機を戦争に例えて、旧日本軍と同様に負けるなどと叫んでいるが、こうした煽動こそ危険だ。太平洋戦争前夜にマスコミが積極的に国民の不安と不満を醸成していった状況に似ている。

「マスコミに煽られ、いったん燃え上がってしまうと熱狂そのものが権威を持ちはじめ、不動のもののように人々を引っ張ってゆき、流してきました」(半藤一利著『昭和史』平凡社)。

煽動の甲斐あってか、一部の経済学者たちが国民全員を対象に新型コロナに感染しているかどうかのPCR検査を行って、「陽性であれば隔離・治療へ」「継続的な陰性は社会活動・経済活動へ」との提言を出している。内容を読むと、個人の意思や選択権などないか、あっても簡単に従わせることができるという傲慢な前提が置かれている。国家規模のGDP(国内総生産)の維持が重視され、国家経済のために「国家総動員法」と同じ発想で出している提案なのだ。

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