セパージュ時代の到来(5)挫折:南仏アニアーヌ村の事件《ワイン片手に経営論》第19回

■モンダヴィの南仏アニアーヌ村進出 その3:審判

 そして2001年。再び村議会選挙の日がやってきます。この選挙は、モンダヴィの進出を支持する現職村長のアンドレ・ルイーズと反対派マニュエル・ディアズの一騎打ちです。

 マニュエル・ディアズは村議会選挙の演説に向けて、ロバート・モンダヴィとアニアーヌ村との契約内容を精査しました。そして、重要なことに気づくのです。それは、契約締結の相手は直接ロバート・モンダヴィではなく、ロバート・モンダヴィがアニアーヌ村進出のために作ったヴィション社であるという点です。

 子会社を介した取引には、巧妙に利益を生み出す仕組みがありました。先述したとおり、モンダヴィがアニアーヌ村に進出する際の条件は、売上の1%または5000ユーロを下回らない額を支払うというものです。したがって、ダミー会社であるヴィションは親会社であるロバート・モンダヴィに安い値段で売れば、売上を抑えることができるのです。必ず5000ユーロを支払わなくてはなりませんが、大した額ではありません。親会社の視点から見ると、ダミー会社から安く仕入れて、高く売れば、多額の利益を得ることができるわけです。

 さらに、ロバート・モンダヴィが計画している規模のワイナリーが進出すると、周辺のブドウがすべて買い占められてしまい、地元のワイン生産者がワイン生産のためのブドウを確保できなくなり、衰退するのではないかという懸念もありました。

 こうした論点は、選挙の趨勢に大きく影響を与えます。最終的な選挙結果は、進出反対のディアズが進出支持のルイーズに2倍もの大差をつけて圧勝しました。その二日後、ロバート・モンダヴィは、ラングドック地方への進出計画の全面停止を発表します。ロバート・モンダヴィは土地の使用許可を決定する政治的な動きのなかで、敗北してしまったわけです。

 ロバート・モンダヴィは、2004年に、米大手飲料会社であるコンステレーション社に買収されます。当時のニューヨーク・タイムズの記事をみると、財政の悪化やロバート・モンダヴィ一族の内紛などが関係しているようです。売上成長が鈍化し、在庫もたまっていたといいます。買収の数カ月前に発表された、2004年の第3四半期の損益見込みでは、21億円の営業赤字が記載されています。

 そして、2008年5月、ロバート・モンダヴィ氏は94年の生涯を終えました。

 ロバート・モンダヴィを挫折に導いた根本要因は何だったのでしょうか。先述したように、制度の縛りが緩やかでかつ競争力を発揮できそうなところに資本を集中投下するロバート・モンダヴィのフランス進出計画はとても戦略的です。しかしながら、この戦略の盲点は、進出先のフランス人がどのような価値観でワイン造りを営んでいるかについての洞察やそのフランスの地域社会の調和を成立させているエコシステムへの理解が不足していたからではないでしょうか。

 自らが儲かれば良いという考え方では、ロバート・モンダヴィの進出戦略は論理的で非の打ち所がありませんが、社会全体にとって良いことなのかという考え方においては、ロバート・モンダヴィのビジネスモデルは地域のエコシステムと矛盾をはらんだやり方だったと考えられます。社会に参加する人達の利害関係に矛盾が存在するときは、往々にして政治的解決が必要になりますから、今回の解決が選挙で民主主義的に解決されたのはさもありなんという感じです。そして、社会的責任を果たしていないと判断された場合には、「資本主義は社会に通用しない」という当たり前のことを再認識させられます。

 ワイン業界で起きていることは、ワイン業界の外にいる人間にとっても、どこかで見たことがある出来事のような気がしてなりません。利潤追求に走りすぎると、企業内部から物をみているため、企業は社会と経済の中の創造物であり、社会との関係の中で存在していることを忘れ、あたかも独立した存在であるかの錯覚に陥りやすいものです。近年の経済金融危機の根源もこのような錯覚にあるのではないかと想像します。そして、自らが社会の一員の当事者であると考えたとき、自分は何を大切にしてどのような行動をとるのか、覚悟をもって考えなくてはなりません。

 いよいよ次回のコラムでは、第1回からのコラムを振り返りながら、総括したいと思います。
*参考文献 
ヨヒアム・クルツ、『ロスチャイルド家と最高のワイン-名門金融一族の権力、富、歴史』、日本経済新聞出版社
オリビエ・トレス、『ワイン・ウォーズ:モンダヴィ事件』、関西大学出版部
『ソムリエ・ワインアドバイザー・ワインエキスパート教本』、社団法人日本ソムリエ協会

《プロフィール》
前田琢磨(まえだ・たくま)
慶應義塾大学理工学部物理学科卒業。横河電機株式会社にてエンジニアリング業務に従事。カーネギーメロン大学産業経営大学院(MBA)修了後、アーサー・ディ・リトル・ジャパン株式会社入社。現在、プリンシパルとして経営戦略、技術戦略、知財戦略に関するコンサルティングを実施。翻訳書に『経営と技術 テクノロジーを活かす経営が企業の明暗を分ける』(英治出版)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート。
◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2009年12月17日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。
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