セパージュ時代の到来(2)作品第一:オーパス・ワン《ワイン片手に経営論》第16回

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セパージュ時代の到来(2)作品第一:オーパス・ワン《ワイン片手に経営論》第16回

■最強のタッグが挑むジョイント・ベンチャー

 前回のコラムで、フランス人にとって衝撃的な事件が起きたことを紹介しました。パリで開かれたワインの試飲会で、フランスワインの評価がアメリカワインの評価に比べて下回っていたというワイン史上の大事件です。1976年のことでした。しかし、これよりも早くからアメリカワインの潜在性に気がついていたフランス人がいます。その人は、フィリップ・ド・ロートシルト男爵です。ロートシルト男爵は、第13回のコラムで紹介した、ムートン・ロートシルトというワインを生産するシャトーのオーナーです。

 アメリカの代表的なロバート・モンダヴィ・ワイナリーの創業者であるロバート・モンダヴィ氏は、自身の著書の中でロートシルト男爵を次のように表現しています。

 「彼は、一流のワイン、一流の料理、そして魅力的な女性への情熱を持っていた…わたしも同じだ!」

 ロートシルト男爵は、1960年代ごろからアメリカワインの発展に注目し、興味を持っていたというのです。ロートシルト男爵は、カリフォルニアにあるワイン・インスティテュ-トの会長(当時)であるハリー・サーリス氏と親交が深く、60年代に、「カリフォルニアでパートナーを探すとしたら誰が良いか」と相談をしていました。その時に、名前が挙がったのが、ロバート・モンダヴィ氏です。そして、1970年にロートシルト男爵は、ハワイで行われたある酒類卸売業者の会合にロバート・モンダヴィ氏を招待し、接触します。

 「あるワインに興味があるのだが…。カベルネ・ソーヴィニョンだ。どうだろう。何らかの形で一緒にできることはないだろうか」
(Robert Mondavi, Harvests of Joy, Harcourt Brace より筆者訳)

 こうした経緯を経て、1978年2人はオーパス・ワンというジョイント・ベンチャーを立ち上げます。パリの試飲会から2年後のことです。世の中は急速に動きつつありました。

 この発言のポイントは、ロートシルト男爵自身が、カベルネ・ソーヴィニョンを知り尽くしているということです。彼が所有するワイナリー、ムートン・ロートシルトは、カベルネ・ソーヴィニョンを主体としたワインを造っているのです。その評価も、ボルドーワインの格付けでトップ5に入ることは以前にも説明しました。

 フランスの土地でしかその魅力を引き出せないと思われていた品種をあえて指定し、アメリカの大地で試してみるということ。そして、そのパートナーとして、アメリカワインのパイオニア、ロバート・モンダヴィを選んだということ。ここに、ロートシルト男爵の並々ならぬ情熱を感じます。

 「アメリカのワインなんてみな同じ味じゃないか、コカ・コーラみたいなものだ」

 かつて、ロートシルト男爵はこのようにも言っていました。オーパス・ワンというジョイント・ベンチャーへの動きの中で、ロートシルト男爵は、何を想い、何を見ていたのか、残念ながら私の手元の資料では、あまり参考になるものはありません。想像するに、パリの試飲会以降、アメリカワインの実力が認められつつあったこと。また、ロバート・モンダヴィという人物を信頼し、アメリカに新たな事業の夢を託したのではないかと思います。さらに付け加えると、ロートシルト男爵の妻ポリーヌが、心臓疾患と癌のために1976年にカリフォルニアで他界していたこともあって、カリフォルニアという地に対して、郷愁に似た感覚を覚えたのではないでしょうか。

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